陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

玄明陰陽学

フラクタル陰陽学 コイン(紙幣)の裏と表

宇宙は陰と陽の要素で成り立っている
画像の説明

具象的なモノから抽象的なモノまで
ミクロからマクロまで
顕微鏡と天体望遠鏡で見る世界が似ているように
真実はフラクタル、相似性を成す
陰と陽は、全てのモノに関連している

画像の説明

5W2Hもしかり、Wは陰、Hは陽

どのような事柄も、詳しく説明し、より正しく伝えるためには
5W2Hで説明する必要があるように
正しい認識もこの7カ所を正確に押さえる必要が有る

この7つを分解してみると
時間・空間・人間(宗教観世界観)の認識の上に4つの項目で成り立っていることがわかる

どのような事象も  ・・・ 「なにが」

「どのようにして」と「どうなった」のハウツーの所だけで循環し成立しているモノなど有りはしない

万象万物の背景には、「なぜ」が必ずある
「なぜ」は、7つの項目全てに問いかけることの出来る不思議な言葉なのだ

「なぜ」を「どのようにして」と混同して思考停止している人達がいる
この「なぜ」の本来の意味は、動機で有り、思いでもある
土で造る器であっても、思い無くば存在できないように
本当は、万象万物の背景には必ず思いがある

この宇宙の存在自体、生命や魂の存在にも
その背景には主なる神の思いが有るとしか思えない
かのアインシュタインも言ってたようだ
「神は何故、この宇宙を造られたのか?それが最大の関心だ」と・・・・

この、本来の「なぜ」を無視している人達が左翼思想に取り込まれているようだ

表面の所だけを見る傾向のある人たちだ

何故とは、思いであり、道徳であり
更に、何故を繰り返すと思想宗教に突き至る
世界をどう見ているか、人間を、自分をどう認識しているか

ここが真実、真理とかけ離れているならば
その上に、どんなに良かれという思いで
素晴らしい思想を構築し良きことを成したと思っていても
出てくる結果は、逆のことだって有るのだ

左翼思想の間違いは、世界を小さく見ていること
その小さくなった器の優しさで世界を危ういモノとしようとする

フラクタル陰陽学(玄明陰陽学)

画像の説明

世界は全て陰と陽で成り立っている
紙(紙幣)でも表とそれを支えている裏面(信用)があるように
どのようなモノにも必ず陰陽2面が有る。

時間的には、原因と結果
空間的には、他者と自己
人間的には、情と理
そして、全体的(宇宙的?)には、彼岸(ヒガン・あの世)と此岸(シガン・この世)

この現象世界と霊的な世界は、紙の表と裏の如く重なっている事で陰陽道という世界が成り立っている

また、陰陽とは、右脳(陰)の情的なものと、左脳(陽)の理的なモノとも関連しますので
この2つをクロスさせると見ると実際の視覚でも両目で見ることで距離感が計れるように、いろんな物事が立体的に見えるようになる

この人間に与えられたクロスする統御システムはとても不思議です
情的なものと理的なモノをクロスさせると4面が出来て
この4象限で判断し向かう先を決めているようです

したくて するべき事         ○ ○  前に進む
したくても  するべきでないこと   ○ ×  迷う
したくなくて するべき事       × ○  迷う
したくなくて するべきでも無いこと  × ×  背を向ける

何が情的に正しいのか
その悟性と感性によって色んな個性がありますし
何が理的に正しいのか
人時所の場面によっても違ってきますので難しい問題ではあります

しかし、複眼(2つの面)で見ること、
比喩で見て 深く見る5W2Hで論理的に見る)ことで物事を立体的に見る事が出来、より正しく世界を見る事が出来ると考えます。 

画像の説明

この4象限を俯瞰すると人間の持っている徳分である悟性・感性・知性・理性とも関連し、5W2Hとも関連し、植物の育つ姿とも相似形をなしています
さらに、釈迦仏教の神髄である八正道とも関連しており、あらゆるものは比喩として見るとすべてが相似形を成しているようです。
この4象限を適切なモノで埋めようと努力すると見えていなかったモノが見えてきます。

陰陽のクロスした十字架の形は、4つの血液型や生命の設計図であるDNAの4つの塩基も無関係では無いでしょう
一点からの4つの放射線で成り立っているピラミッドのパワーとも関連しているのではないだろうか。

この陰陽で出来る4象限を埋める作業をして分かることがあります。
左翼思想は、左脳的に優秀だけれど「何故」を繰り返すことをせずに
表面だけを見て単眼で考える為に蛇行している思考です。
なぜ?と繰り返し考えても「どのようにして」というハウツーのところで止まり
whyのところまでいかない場合が多いのです
結果の所、表面だけを見ている傾向が強く
Hで止まりWの世界まで見られない人があまりにも多いのです

なぜ?は、思いであり、動機であり、発心であり、心であり、志であります
ここは、道徳(感性)でもあり
その道徳を支えているのが宗教観、思想(悟性)です
ここがなければ、全ての存在はあり得ない

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