陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

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画像の説明
多くの場合、この図の地上部分ばかりで考えられる傾向が有る
「なぜ」というキーワードが有るが
多くが、地表の「どのようにして」の所の探求で終わっている
「なぜ」を何度も繰り返し考えることでようやく地面の下に入っていけるようだ
「社会」を考えてみても
道徳が必要なことには、多くの人は異論は無いだろうが
しかし、その道徳が「なぜ」大切なのか、どうしてそうなのか
その理由は、もっと深く観ていかなければ見えては来ない
悟性と言ってもいい、世界観、人生観とも言ってもいいだろう
見えない世界を含んだ世界観であるところの宗教でもある
この部分まで見ない限り本質を観ていることにはならず
眼に見えている環境や状況のみで
正しく判断していると思っても
その正確さに確証は無い
マルクス経済学の欠点は、まさしくここにある

ダーウィンの進化論は、地面の下にすら入っていない理論である

両目で立体的に深く観る

現代社会では
目の前にあるものや
表面的で分かりやすいものばかり見ようとする
深く見て深く考えることをしたくないようだ
深く見て 深く考える
無知の知」を認めるしかない現実がある

自分の知性を否定されるとでも思うのだろうか
見えている範囲だけで
全てを分かっていると信じたいのだろうか

表面ばかりを強く見て
その価値を支えている
裏にある見えにくいモノを見ようしないため
色んな価値あるモノが消えて無くなろうとしている

深く見ようとしないため
良かれと思ってなした事が逆の結果を招いている
生命、財産ばかりでなく
魂の尊厳という高貴なるモノまでも捨てようとしている

両目で立体的に見ることだ
両目で見るとは、陰と陽
右脳的な思考と左脳的な思考
そのラインが交差する
額に有ると言われるチャクらで見ようと努力することだ
仏神の視点で見ようと努力することだ

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