陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2020-05-13

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進化論を考える

画像の説明

言葉にして説明しようとすればぼんやりしてしまうが
フラクタルの森に入れて見ると
眼に見えない大事な所が無い
不完全な理論だと分かる

こんな不完全な理論を優秀と言われる人々が信じているとは・・・・


その理由は、
なまじ優秀な人たちは「無知の知」を認めたくないのだろう

では、誰が設計しているのかという問題が出て来る
この説明にも色んな意見が有る

唯一絶対の創造主と考える人も
宇宙人たちが創造主だと考える人も
その生命体の存在自体が創造主だとする意見もあるだろう

どちらにせよ、分からなくて、知らないでも良いが
偶然に生まれ進化したと考えるに至っては狂気の沙汰だ

このような図式が様々な所にフラクタルとして存在する

先日のお金に対する認識でも
この一番重要な「思い」の部分が希薄なために蛇行する
結局、経済を考える時にもここが大きなウエイトを占めるのだ

陶芸体験でも同じこと

それらの背景には、世界観が有る
唯物論、無宗教、無神論ではこの部分が無くても良いことになるからだ
稚拙な宗教にも独断と偏見が入り込み
自分たちに都合の良い理論を構成する

せめて、全人類を我が子と考えているような存在
全生命を自らが設計し産み出したと意識できるような存在から見た時に
はたして、どうだろうかと考えて見ることが大切だ
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