陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2019-08-10

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左翼思想の本質

左翼的な考えとは何か
その思想に影響を受ける人の特徴は簡単です
図の下の部分の内容に影響されるのです

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いつ、どこで、だれがというの認識には
現実の認識(現象世界)と思想に関わる認識(心象世界)とがあります

同じ行為が、人時所を替えれば違った意味を持ち評価を受けるように
見方が違えば、考え方も違ってきます


この心象世界が、人によって大きく違いがあるので考え方に違いが出てくるのです
この心象世界の中心の認識である「悟性」は様々です
その悟性の違いが現象世界に映し出されます

左翼思想とは何かというと
簡単に説明すると、その心象世界の認識が狭くて小さくて浅いのです
ハッキリ言えば、悟れていないのです

「今」という時を中心に考える傾向が強く
「ここで」という場所で考える傾向が強く
「自分が」という立場で考える傾向が強いという事です
複眼で見る事が出来にくいということ
的を狙うのに片目をつむったまま狙う傾向が強く
最後は両目を開けて縦軸と横軸を意識し立体的に見ながら
狙わなければ的に当たりにくいことと同じです

基本、誰でも、今、ここに居る、自分の中で考えるのですが
普通ならば、今という時間で考える中にも過去や未来があり
ここという場所で考える中にも違う場所もイメージされます
自分を考えるにも同時に他者のことも考えに入ります

この立体的に複眼で見る傾向に差異があるのです

正しさを考える時に
頭脳明晰で優秀な人ほど小さく固まる傾向がある
左脳的に優秀な人ほど自分に自信が有るために
今自分が持っている正しさに固執する傾向がある

そして「悟性」の中心部分の認識が更に拍車を掛けることになります
世界認識であり宗教観です

図では並列に結論を入れずに書いています
現実は、様々な見方がありますが
真実は、一つです
その真実も言葉にすれば簡単ですが
真理として認識しているかどうかとなると非常に難しい

簡単に言い放つとすれば、次の二つの世界があります

①死ねば終わりで偶然に人は生まれ生きている世界
②霊界があり、神仏の子として生まれ、魂が本質であり永遠に転生輪廻を繰り返し修行している世界

真実は②にあります

この世界認識が①だと左翼思想に引っ張られていくのです
この世界観の議論はあまりされることなく
ほとんどの人が、ぼんやりと①だろうぐらいで考えていますが
この世界観を本当に信じ込んでしまうと大変なことが生まれてくるのです

ただ、真理は、人間は神仏の子であり、仏性や神性がインプットされているので
優しく良い人間であろうとします
良識ある知識人でありたいと思うのですが
その本来の素晴らしさが間違った世界観の中で発揮されると大変です

今、ここに居る、自分たちの正しさで考えてしまうのです
見えている世界だけで判断しすぎるので
結果を重視しすぎたり(結果主義・御利益信仰・成果主義)
表面を飾ることに偏ります(整形手術・お為ごかし・優しく分かりやすい政策)

神様から見て、魂のレベルで正しいのか、永遠の転生レベルで見て
その魂にとって良いことなのか
理解できないのです

正しさを求める場合、本当は神仏から見た正しさで考える必要があります

①個人としての自分
②国家(集団)の一部としての自分
③神仏の子としての自分

左翼思想に引っ張られる人の特徴は
①の個人レベルでの正しさを中心にしてしまうのです
そのために、国家という体制に拒否感がありながら
徒党を組み自分の正しさを主張します

だれであれ、今、考えている自分が
どの自分で考えているかを見てみれば良いのです
悪魔が人々を不幸の方に引き込もうとすれば
立体的に見ることをさせずに
①の小さな個人としての都合で考えさせることなので
あまり自己中心的になっていないかどうかの検証が要ります
他者の事など考えず自分の正しさだけが浮かび上がってくるようだと
悪魔の暗示に取り込まれている可能性が有ります

信仰心があり、神の視点で考えているように見えている人々でも
訓古学的になっている宗教では、その時代の状況に合わなくなっているのもあります
頑固になってその古い正しさで他を判断しますので軋轢が生まれます

やはり、この地球上で生活している以上
地球神というレベルにあわせて考えたいものです
他宗の人も含め全人類を我が子と見ているような存在のお心にあわせていきたいものです

その地球神の心が分からないと言う人もいるでしょうが
私達が神仏の子である以上、同じく価値判断できる能力が備えられています
神仏の存在を確信し、その正しき心の探求をすれば見えてくるでしょう

フラクタルとして
現実の親子関係の中に見ることが出来ます
最高の親から見て、子や孫に何を求めるだろうかと考えれば見えてきます

もちろん、霊界があり永遠の転生をしながら魂を磨いているという世界認識の上での事です
これが、もし、真実として間違いであり
眼に見えている世界だけで完結する世界なら子や孫に願うモノも違ってきます
しかし、そのような世界に美しさは無く感動すら無いでしょう
弱肉強食だけの世界です

本来、世界は美しいのです
世界は感動に満ちています
そのような世界でないのなら
神は、そのような世界を創り出そうとは思われないでしょう
創造の情熱など湧いてくるわけがありません

陶芸家が器を作るのでも
小さいながら感動を求め美しさを求め
人々の喜びの感動をエネルギーとして作っているのですから

死後の世界

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