陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2017-06-06

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あなたの世界観は?

私達が生きている時間と空間は、どのようなものなのか?
ここの認識が真実と違っていると後のモノに大きな影響を与えます
現実には様々な世界観が有りますが
真実は一つ、真理は一つです

画像の説明

要するに「悟性」に関する部分ですが
この悟性の中身を議論することが無くなっているのが現代でしょう
しかし、深く考えるなら非常に大切な所です

先日、岡崎嘉平太記念財団の本年度の奨学生が7人、恒例の墓参で吉備中央町にやってきて工房でも陶芸体験をしてもらいました
今年は、男性2人、女性が5人でした
担当官が現地へ行って試験をして選りすぐってきた人たちです
とても優秀な人たちです
夜、交流会でいろいろ話をしながら質問した結果は次の通りでした

①中国・タイ・タイ
③インドネシア・インドネシア
⑤ミャンマー・ミャンマー

タイは、仏教国のはずですが⑤ではなかったのが不思議です
インドネシアの二人は、モスリムでしたのでこちらでした
ミャンマーも仏教国ですので転生輪廻を理解しているようでした

①の世界観は、日本人の中にも多いですが中国共産党や北朝鮮に占めている世界観です
②は、エホバの証人の世界観です
③は、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教などです
④は、モルモン教の人から聞いたので加えました
⑤は、仏教、ヒンズー教などです

ちなみに、私は、⑥です
表面意識(この世)と潜在意識(あの世)とが遺伝子(DNA)の2重螺旋の如く重なっている形だと思っています

さて、どれが一番真実に近いのでしょうか
細部にも違いがあり、その認識の深さにも当然ながら差が有ります
いろんなテーマにおいて意見の違いは様々有りますが
その背景には、この世界観の違いが大きく影響しています

最近、よく起こっているテロの背景に③の世界観があります
これだと聖戦に参加することで死後天国に住まいすることが出来るという暗示がしやすくなります
⑤だと、多方面から観るようになるので簡単に暗示にかけにくい面が有るでしょう

一番怖い世界観は、日本人にも多い①の世界観です
私自身、昔、①か③か、どちらか考えたことが有りました
要するに死んだら終わりなのか、それとも、終わりではないのか
死後の世界は、有るのか無いのか?
30になる前でしたでしょうか
人生をどのように生きれば良いのか考えてみたのです
何も宗教的な情報の無い中で白紙の上に置いて考えたことが有ります

答えは、「わからない」でした
しかし、白紙の上にこの二つを並べて考えた結果は
「無い」という証明をしようとした痕跡は歴史上どこにも無い
ただ、「有る」という情報は、幽霊話から始まり過去の偉人たちの言葉などからいっぱい出てきます

①が、真実なら、
結果が全てであり結果につながらない努力はムダです
うまくごまかすことができるならウソも突き通せば良いということになります
命を捨てる気であればやりたい放題のことが出来ます

ぼんやりと思いこまされているくらいならいいのですが
①を心の底から信じると
昔、小学校に押し入り子ども達を大勢殺した人間が居ましたが
いろいろ不平不満が有り、うっぷん晴らしと
死刑になるためにやったということで、結局その通りになりました。

①だと、自殺も有りだと言うことになります
死にさえすれば全て無くなるのなら苦しさ、つらさに
いつまでも耐えることにどのような意味があるのでしょう

⑤だと短絡的な行動をとりにくくなります

そして、神仏なる存在が在り
私たちを見守っておられるような霊的存在達が居るとするならば
また、大きく違ってきます

単に自己中で生きたいのであれば①を選ぶべきです
非常に簡単で分かり易い
しかし、死後、責任を問われる世界があるとするならば大変なことです
いったい、どうすればいいのでしょうか



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