陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2023-09-01

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波とは何か?

素粒子には波と粒の性質があるという
この宇宙を理解しようとすれば、このことを無視できない
宇宙だけではない
自分自身の存在を考えるときにも、このことは無視できない


素粒子が全ての存在の基本であり、ベースに有るということは
この性質の延長線上に私たちも居て、その波と粒の性質の中に在るということだろう

私たちの肉体は、陰陽で見るなら陽の粒の状態であるだろう
スピリアルの世界では肉体の諸器官にも意志が有り、それに基づいてそれぞれの働きがあり、私たちの命を支えてくれているという
知人の霊的な人から健康相談を受けた時の話を聞いたことがある
相談者と話をしていると、胃袋からだったと思うが、いきなり、「これ以上無理をするなら責任を持てません」とその本人に伝えてほしいという訴えが有り、驚いたという話だ

どうやら、肉体の各器官にも意志があり、要するに波の性質があり、その意思を人の言葉に翻訳するとそのように成るということのようだ
英語を日本語に翻訳するようなものでもあり、表情から思いを読み取るようなものでもあるだろう
胃とか心臓とか肺とか肝臓とか主な機関だけでなく、赤血球とか白血球とか免疫細胞であっても、その存在には意志の力が働いているようだ
要するに波としての性質も持っているということ

肉体を維持しているのも、様々な波の力が協力しながら働いてのことであり、その肉体に私たちと自己認識している波が重なって自分だと確認できる存在がある

光や電波や要するに電磁波に色んな波長が有るように、物質とはその波長の一種であり、波長そのものであるのかもしれない
精妙な波長から荒い物質的な波長まで有るのかもしれない
私たちの波が肉体の波と重なり、物として物質として人間として存在するけれど、どれかの都合で肉体を維持することをストップするような波が起これば、すべての粒としての性質を止めて本来の波の性質に戻るのかもしれない
肉体は焼かれ灰になり波の状態に戻った肉体(粒子)は、この宇宙のどこかに存在する
もちろん、私たち自身と思っていた存在も本来の波の性質に戻る
それらの波の存在は、宇宙のどこかというのではなくて、今そこに有るのかもしれない

考えれば、私たちの身の回りには信じられないほどの電波というか電磁波が取り巻いている
それらの一つとして、そこにここに同時に存在している可能性がある

波の性質とは不思議だ
波とはエネルギーであり、目には見えないけれど膨大なモノを含んでいるようだ
例えば、アインシュタインのE=mc²で計算すれば、一立方メートルの物質の核エネルギーがあれば、この地球上の海水全てを沸騰させることができるという
一円玉4個あれば、という東京ドーム一杯の水を沸騰させることができるという
とても信じがたいことだが、あの原爆や水爆に必要な物質がどれだけの量使われているのか知らないけれど、あの威力を知っている以上納得するしかない

エネルギーとは波でも有るだろう、波とかエネルギーの定義は難しいけれど、情報として考えるなら膨大なモノを含んでいる可能性が有る

死ぬと魂はあの世に変えるということに対して、あの世がパンクしてしまうはずだからあの世は信じられないという人も居るが、電磁波として考えるとなんてことは無い

備前焼でも同じで、波という思い(エネルギー)が、ホコリ(粒子)の集まりである粘土に作用して形を作り焼き上げて固形化させ器にしている
波があり、粒を寄せ集め、他のエネルギーの力を借りて化学反応させて器を造っている

この波の世界が分からなければ、粒の世界、物質の世界も理解不可能かもしれない
死とは、粒子としてのレベルから、本来の世界、波長だけエネルギーだけの世界に戻るようなものかもししれない

魂は、電磁波と同じような性質を持っているのかもしれない
電磁波が壁を通り抜けることができるように、それ以上の性質を持っているのかもしれない
幽霊が壁を通り抜けたりできるように、臨死体験でも似たようなことが起きるという
そして、そこにいる人たちの思いが、自分が考えているかのように分かるという
そして、思えば瞬間的に思った所に移動もできるという
それらは、電磁波の持っている性質であり、どうやら、死んで肉体という波長の物質を脱ぎ捨てると本来の性質に戻るようだ

あの世が本来の世界であり、この世は修業のために用意されたものだという教えが、何となく理解できる

先日、友人が亡くなったけれど、陽気に旅立ったようだ
彼は、真理を知っているために、肉体に執着することなく、死後硬直も全く無かったようだ
彼の言葉も伝えてもらったが、真理を学び信仰心がある人の後頭部は光っているという
死者が思いを発しても普通は伝わらないが、たまに伝わる人が居て死者の思いを伝えてくれる
霊、要するに波の状態になるということは、言葉はテレパシーとなるのだろう
波は、重なり合い全体の波と一体となり、本来、神の一部として同質であるので、この宇宙を覆っている根源なるエネルギーと一体となる為に起きる現象なのだろう
神経細胞の如く、インターネットの世界の如く全部が繋がっているのだろう

この宇宙にはダークマターという未知のエネルギーが充満していると言われる
それらすべての物質として存在している背景に素粒子としての波のエネルギーを想像してみれば、一体どれだけのエネルギーを宇宙は持っているのだろうか

それが、根源なる神の持たれているエネルギーなら、畏敬の念を持つことは当然のことであり、自己中で生きている人たちのチッポケさは一体どれだけのものだろうか
自己中の波動で生きる人たちのエネルギーは、どれほど賢そうに見えたとしてもどれほどのものだろうか
ネットでいえば、その自分の端末の中に有る情報だけを使うことができる者と、全体の情報に無意識下でもつながり活用できる者との違いは大きいだろう
根源の波長と一体となることができれば、その出している波長に準じた奇跡とも言えるようなことも起きるのだろう


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