陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2023-05-23

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信用と経済の数字

最近、何故だか投資系ユーチューバーのサイトをよく見る
過去、投資などしたことも無いし、したいとも思ったことは無い


しかし、聞いていて面白い
知らない言葉が多いけれど、資金力の有る人たちが
どういう思いで、どのような所に資金を送り込み、どのようなリターンを求めているのか
考えるのにものすごく参考になる

結局、成果を求めているのは理解できる
陰と陽でいうならば、陽の表面に浮かび上がってくるモノを求めている
確かに結果は大事だが、結果の出るための原因を強く見るべきだということが解かる

表面的なことに振り回されていると、困った状況に陥るようだ
投資の専門家の話を聞いていても、それが解かる

大きなお金に縁は薄いけれど、すべてに通じる法則が経済にも有る
まさにフラクタルなのだが、どうしても浮ついてしまうようだ
スポーツでも言えることだが、勝ちを意識しすぎると本来の実力が出せずに負けてしまう

勝つために努力は不可欠であり、その努力が発揮されて勝利もやってくる
儲けが生まれる原理原則は、何らかの形で他者の役に立つことだ
幸福の科学で学んでいる愛の教えの奥深さが経済を通して学ばされる
「与える愛」の本質が、この限られた時間と空間の中だけでなく
創造主の創られた、この宇宙を統べる法則だということが身に染みて解かる

自己中で利己主義になり、成果ばかりを気にしすぎると
簡単に足をすくわれてしまうようだ
ダマシの波動も常にそこかしこに有る

損得ではなく好き嫌い、感覚に従うのが良いのだろうが
どうしても、目先の損得で、私たちは動いてしまう
本来、持っている神仏の子としての感覚を引き出せるなら
死後、後悔するようなことは無いはずだ

この世に生きているということは、難しい課題を与えられているのだろう
まさに、見えない十字架を背負って生きているのかもしれない
生きているうちに反省できる程度のモノであって欲しいと願うばかりだ



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