FrontPage/2023-05-17
人生とは何か
フラクタルの森的に考えてみよう
人生とは仕事そのものであるとも言える
仕事とは、与えられているものでも有り
求めて成しているものでもある
人は、まず、母体のゆりかごから出され
生き延び成長するという仕事が与えられる
この時はまだ、周囲の助力なしにできる仕事ではないけれど
赤ちゃんの体の中では、母乳を供給されエネルギーに変え細胞分裂を繰り返しながら
大きくなると同時に色んな細菌の感染で免疫力を強くしていく仕事がある
体内の器官の様々な助力を受けながら生きる力を強くする
この体内では、肉体の諸機関が独自に仕事を続けてくれるおかげで
肉体という乗り船が生かされ、一生を健康に働くことができる
基本の流れはそうだろう
これらは、創造主から与えられている使命でも有るけれど、考えれば考えるほど不思議な仕事をしてくれている
血管の中を流れている血液も、その中を流れている血小板とか赤血球とか白血球とかも独自に生きていてそれぞれの仕事をしてくれている
それらの協力を受けながら、ハードとしての肉体を育て
周囲の協力を得ながらソフトとしての心を育んでいく
心の中には、基本ソフトの本能が有り、そこに経験を通して様々なファイルが入れられて、新たなソフトも創られていくいく
一定程度成長すれば、その個人の努力によって様々なソフトが追加され、様々なファイルが重ねられ、次第にバージョンアップを繰り返す
心のソフトも体のハードも成長させるという仕事は、一生続く
やがて肉体は衰退し朽ちていくが、それをソフトが補う
そして、ハードとしての肉体が滅びていくけれど
その心というソフト部分は滅びることなく、転生輪廻の中でも残り
表面に出ることは無くても、導きとして生かされ
パソコンが新しくなっても、そのハードの中で活用されるようになるようだ
この心と体を成長させることは、それ以後起きてくる家庭での仕事や企業での仕事へと進んでいくけれど
この構造や循環は、フラクタル、相似形を成している
翻訳の言葉を変えると図の通りである
ただ、考えてほしいのは
その翻訳を根源的なモノに翻訳して普遍性を加え、人生のその循環を素晴らしいモノのして欲しい
創造主の願いがそこにはあって、車のような肉体の精妙な機能とかあり、その中に乗り込むことが許され生きている
この車は、自動修復装置も有り、運転手によるだろうが機能アップも測れるようだ
最近の車に有るように、AIの力も加わり、人間の頭のように働く機能もある
明らかに未来科学の最先端を行くような有機的要素も加えられている
神が願われているのは、それを使って暴走して欲しいわけではないはずだ
ドライブを楽しんで欲しいだけではないはずだ
車に積み込まれた頭を使い、自動で目的地へ行くこともできるけれど
運転手に願われているのは、素晴らしい仕事に使ってほしいということだろう
ハンドル操作にしろ、それらをインプットするにしろ、その仕事は運転手たる「心」に任されている
思いであり、「愛」に関わり、その向上こそ願われていることが想像できる
要するに「与える愛」の成長、創造に置いて限界が無いのだろう
その愛が、奪う愛になっているか、それとも与える愛になっているか
その仕事が産み出す「価値」を見て、その評価が下りてくる
経済でいえば、アダムスミスの神の見えざる手ではないけれど、必ず働いてくる
人々の心の中にインプットされてる神仏の子としての評価が加わることになる
もしこの評価が狂っていたなら、そのひずみは創造主が容認できるものを超えた場合は、必ず警告が有るだろう
人間レベルでの神の見えざる手が働くところで反省して修正できれば良いのだが
果たしてどうなるだろうか