陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2023-05-10

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人は損得と好嫌で動く

思考の構造


私たちが考え行動する原理がある
判断の要素は、好き嫌いという感覚レベルと
損か得かという知覚的レベルの二つが有る

右脳左脳の働きの細かなところは知らないけれど人の持っている特性に
悟性、感性、知性、理性が有ると言われている
悟性と感性が好き嫌いと
知性と理性が損か得かと関わるだろう
好き嫌いも損得も似ていて
これらを分別することは困難だけれど、何となく整合性は有る

損得が好き嫌いに大きく影響するけれど、同じではない
好き嫌いには、判らない要素が沢山ある
たとえば、高所恐怖症とか水恐怖症とか尖端恐怖症とか狭所恐怖症とか
理解に苦しむ感情がある
これなどは、過去生で経験したことも背景にあることが判っているが
今世、今までに経験したことが魂に刻み込まれたことも原因として有る

そして、体に与えられている機能、本能とも言えるものがある
食欲、睡眠欲、性欲などの欲求がある
これらも好き嫌いの判断の元になっている
それらの基、本能とも言える言える欲求と経験が重なって「プラスかマイナス」の判定をしながら生きている

これらの判断というか、情報処理が左脳と右脳に分かれて処理されている可能性がある
その判定を前頭葉という脳の部位で決めているのかもしれない

ただ、面白いのは、この「好き嫌い」、「損か得か」、「プラスかマイナスか」の三つの判断は、私たちが生きている世界、その環境の中で起きていることだ
そもそも、本能なるものの起源がどこに有るのか考えるなら
創造主の存在とその思いが私たちの遺伝子、DNAに設計図として書き込まれていることは間違いないことだ
これこそ、目に見えない究極のものだけれど、偶然にあり得ることではない

付け加えるなら、この本能の奥には崇高なモノもあるようだ
「愛を与えたいという本能」、そして、「信仰の本能」
崇高な偉大なるものを求める本能であり、父母を求める本能である
(これは、幸福の科学HSで学んだ)

これらが、一体となり、その人となりを決めているのだろう

行動や判断の元になるものは色々あるだろうが
シンプルに考えるなら、私たちに一番影響を与えているのは「損得」の感情
この世界で生きている以上、この表面的な判断で大きく動かされる

ただ、この損得の感情が、個人の利得を離れ全体的なプラスかマイナスかの判断に移ることを神は願われているのかもしれない
そして、親なる神の元へ成長して帰ってくることを願われているのだろう
ある意味、課題として様々なことが与えられ、その課題の問題集を解くことで魂の成長を願われているのだと思う

しかし、現代社会は、世界中が「損得」だけで動いている
世界中の様々な事件を見ても、常識的に言われるのがお金の流れを見ればわかるということだ
今起きているウクライナ戦争でも、双方ともに行動原理は損得の感情だ
アメリカがなぜウクライナに肩入れするのか
何故、CIAがウクライナでテロを策動し親ロ政権を引きずり下ろし緊張を高めるようなことをしたのか
NATOを東方拡大させ、ロシアを追い込むようなことをしたのか
確かに、背後にいて動かしている勢力の損得の感情を想像すれば見えてくる

このような世界的なことだけでなく
個人レベルでも同じことだ
様々な犯罪は、もちろん国が犯す犯罪でもそうなのだが
損得の判断だけで動いていることに原因が有る
これは陽の部分であり、左脳的判断
要するに、頭だけ良くて右脳的な心の練り込みが足らなくて動いているところにある

その背景に、自己中の思いがあるからだ
そのまた原因は何かというと、考える主体を自分だけに置いて
その自分の好き嫌いと損か得かで判断してるからだ

その自分とは何かというところの理解がなされていないことにある
要するに「悟性」だが、自分自身が何者であるか、その根本を知らないからだ
自分とは、神の子であり、仏の子であり
創造主の願いが込められている存在である
その奥深くにある自己を無視して、今、ここに生きている自分という存在の立場でだけ考えるからだ

死後、本来の記憶がよみがえって、大いなる自己の価値観で見た時にどれだけの後悔が生まれるのか
天国地獄を分けているのがここに有るだろう

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