陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2023-05-08

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無宗教という宗教

宗教に対する認識も大きく蛇行しているようだ

宗教にべったり頼り寄りかかり生きている人
宗教を信じていないが宗教を職業としている人
宗教を信じている人は弱い人たちだと思い込んでいる人
宗教が政治に関わるべきではないと思い込んでいる人
宗教は、葬式の作法ぐらいにしか思っていない人
宗教を斜めに見ながら無宗教を信じている人


色んな人が居るけれど、最後の人が一番多いだろう

思想宗教を持っていない人は、一人もいない
何らかの精神性を持っていない人も、一人もいない
何らの世界観を持っていない人も、一人もいない
どのような表現をしようとも、心をもっていない人は、一人もいない

しかし、その心を正確に表現できる人は少ないだろう
自らの思想宗教、自らの精神性、自らの世界観、自らの人生観を簡潔に表現できる人がどれだけいるだろうか
要するに、自分自身をどのように認識し、どのように自分自身を表現できるのだろうか

人に問いかける前に、自分自身に問いかけてみよう

私の宗教は、「幸福の科学」という新興宗教だ
それはどんな宗教かと聞かれたらどう答えるか
考えると、この問いに対する答えは色々あるだろう
ただ、ここで大切なのは、どのような世界観を持っていて、どう生きるべきなのかを、どう学んでいるのか、ということだろう

というところまで考えると
私が頻繁に使っている次の図に答えはある
右側の死後の世界が有ることを明確に「信じている」
死後の世界、霊界は存在し、創造主(神)も存在すると信じている
「幸福の科学」という「宗教」そのものだ
確かに証明できないし見たことも言ったことも無いから
あると「信じている」にしかすぎない
私は、この図の最右翼の世界観であり、そのように生きようと思っている
死後の世界

しかし、多くの人に聞いてみると左側を選ぶ人が多い
これは、要するに「無宗教」という宗教だ
こちらであっても、私と同じように、ただ、そう信じているにしかすぎない
特定の宗教は持っていないと答える人も多い

その世界観を軽く信じるだけでも、その考えが周りに広がるならばその影響は強くも弱くも出る
その世界観を真実だと「信じ込む」なら、ここに書かれてあるような道を歩みかねないだろう
このような人が政治家とか経済人になってどのような判断をするのか
普通の時には出ないだろうが、逆境の中での判断は決まってくる
自己を中心に自分の利得ばかりを考える傾向が出やすくなる

それが普通で、当たり前だという意見もあるだろう
しかし、何事でも過ぎればおぞましいことも起きる
この世界観を多くの人たちが信じるようになると、どんな世界が出来てくるか考えると
今、世界中で起きている現実が証明しているだろう
自殺も増えれば、犯罪も多くなるだろう
自己中で自分の利得中心しか考えない人が増えすぎた結果色んないざこざが増えている

人口が増えて食料の不足が危惧されることになり、
ダボス会議の世界フォーラムで議論されているような人口削減という考え方にも正当性が出てくる
コロナをバラまいたり、ワクチンで荒稼ぎをしながら
人間の遺伝子を組み換え、出生を抑え込むのも有りだとなりかねない
戦争を起こし、それで利益を出そうとする輩も出てくる
死ねば全てが終わり、責任も問われない世界なら結果を出さないことは無駄
そんな世界観が理想とする世界とは、どのようなものであるか考えるといい
真善美という価値観からは遠ざかってしまうだろう



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