陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2022-06-25

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算数だけでは未来は見えない


表面に見えるモノばかりで考え、目に見えにくいモノを無視すると不幸が待っている。
善悪、良否、可否を分ける物差しであるが、この判断は何事でも難しい。
この放物曲線は、どのようなことの中にも有る。

良いと思われることでも過ぎれば悪く作用することも有る。
食事でも足らなけては餓死するが、過ぎても何らかの病気が待っている。
車でもガソリンが入り過ぎると不完全燃焼でスピードは鈍化しエンジンも止まる。

税金でもラッファー曲線と言うモノが有り、税率がゼロでも100%でも税金は入ってこなくなる。最高に税収が増える税率がどこかに存在する。
それがどの辺りなのかは、色んな条件でも違ってくるだろうが、今の日本政府、財務省の頭の良いと思われている人達は、税率さえ上げれば掛け算で税収は増えると思い込んでいるようだ。
税金だけではない、表面的な数字の操作で思い通りに社会をコントロールできるように思い込んでいてバラマキなどには熱心だ。ばらまく金額を増やせば消費が増えて景気も回復するように思い込んでいる。

邪悪な自己中心、結果主義的な思惑が働くために、人々が本来持っている神の子としての自覚を狂わせ、自分たちの都合を押しつけるために狂ってくる。
要するに、目に見えにくい所を無視して、結果主義で物事を見るために、良かれと思って判断する中に濁りが生じ、その結果が、この30年ほど経済を低下させて来た。

大きな政府は、多くの人材と多くの資産を投入しながら、その成果を出すことが出来ない。やらなくても良い仕事、もっとはっきり言えば、やってはいけない仕事をやっているケースが考えられるのだ。
ことわざにあるが「地獄への道は、善意で舗装されている」

人々が政府に依存しすぎる面がアクセルになっているのだろうが、政治家、官僚たちも、自分たちの仕事が確保され、権益が増えることで納得しているのだろう。
この悪循環を断たなければ、日本の蓄えてきたあらゆる価値が消えてしまう。



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