陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2022-06-22

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陰と陽の両視点で見なければ、本質は見えない

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もうすぐ選挙だ
色んな候補者が居る
人は何をもって人を選び政治をゆだねるのだろうか

おおむね、知名度で選んでいるのだろうか
確かに、知っているということも大切だろう
しかし、その人の何を知っているというのだろう

候補者は、甘くささやく
一票をいただくために、耳に優しく、時には厳しく人々に寄り添う
ユーチューブなどで演説を聞くと
それぞれに、全力で訴えかけている
ただ、そこにどれだけの真実の中身が有り
それが本当に良い事であり、良い方向へと国家を引っ張っていくことが出来るのだろうか

陰陽で考えるなら
人の仕事(陽)は、その人の世界観(陰)で決まる
その人の持っている精神性で決まる
そして、努力だ

政教分離などという言葉があるが
勘違いしてはならない
政治経済の行方は、精神性(思想宗教)に左右される
精神性なく政(まつりごと)を行うならば、あらぬ方向に向かって行く

次の図の、左右どちらの考えの人に国の未来を預けるべきか
考えれば、わかることだ

死後の世界

創造主の存在

論理的考察

左側の思想宗教は、無宗教であり
唯物論者、無神論者を選ぶなら、神からの恩寵も期待できないだろう

この社会には、宗教とは言えない代物も有る
宗教とは、頼ったり依存するだけのものではない
ただ、御利益をこい願うものでもない
宗教とは、真理であり、この世界の真実を学び
神の願いがいかなるものであるのか学ぶものだ

しかし、古い形骸化した宗教に頼ったり、神を小手先で転がす輩も居る
神の心、その「正しき心の探求」をし続ける人が選ばれる世界であって欲しい



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