陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2022-06-18

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日本では諸外国に比べ、何故、犯罪が少ないのか

その理由は簡単だと思う。
現代社会は、戦後の左翼教育の影響もあり、その傾向は薄められてきていますが
私の小さな頃には、よく言われていたことがあります。


お寺で地獄絵図を見せられたことが、記憶に強く残っています。
さらに、よく言われて記憶に残っているのが
「お天道様に見られているよ」とか
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ」とかいうことを聞かされた記憶が有ります。

要するに、暗示にかけられていたのです。

しかし、日教組に共産主義が入り込み、科学万能主義のようなものが入り込み
全て迷信であり、道徳的なものも論理性が無く、信じるに足るものではないという刷り込みに変わってきました。

要するに暗示にかけられ、次第に昔の刷り込みが薄らいできました。
高等教育を受ければ受けるほど、死後の世界の事、神仏の事を蔑ろにする傾向を強くしてしまいました。

教育のおかげで、唯物論、無神論の人が、どんどん増えてきました。
しかし、昔から伝統的にかけられた暗示は生きており、日本人は、どうしても恥を知るという文化を捨てることが出来ないでいます。

当然ですが、日本では、仏教の仏さまやご先祖様、神道の神様、儒教の天帝、
目に見えない存在を意識させる教育が社会の中に一杯ありました。
なんとなく、そのような存在が居られるとするなら、人に知られなくても悪いことは出来なくなります。
人に知られなくても生真面目に生きようとするベクトルが働きます。

私事ですが、
先日、九州の展示会で宿に帰ろうとしたときに、うかつにもパソコンとアイパッドを入れたカバンを駐車場に置き忘れてしまいました。
慌てて探しに戻りましたが、見つからず、とりあえず探せるところや届けられている可能性の有る所を探し、警察にも届けました。
翌日、展示会場に行って自分のブースを見てみると、無造作に机の上にカバンが置かれていたのです。

明らかに誰かが、うちの持ち物だと知っている人が届けてくれたことに違いがありません。後で誰かが大丈夫でしたかとか言ってきてくれると待っていましたが、誰も言ってくれませんでした。

結局そのまま、わからずじまいになりましたが
この恩は、その感謝の思いは、誰に向けることなく放射され続けています。
このようなことが、徳となり、その人の光を強めることになるのだと思いました。
私にはそれが誰かわかりませんが、神、仏、天から見れば明白なはずです。

「天の倉に徳を積む」ということわざもあります。
これは、ただ、道徳的に言われているように聞こえるでしょうが
これは、宇宙を統べている法則そのものだと信じています。

ただ、現代社会は、神仏とか天などと言えば非難されるような社会です。
政治家が、神国日本とか言っただけでマスコミから叩かれたりします。
天変地異など、天罰ではないかと言えば、袋叩きに合うような世界です。

そのようなことが、本当に世迷い事であるなら仕方がありませんが、
ただ、道徳的に言っても、例え嘘であっても、そのような世界の方が良い方向に向かうことは、論理的に考えても間違いではないでしょう。

死後の世界、神仏の世界の有無は、証明不可能です。
しかし、次の図で考えてみるなら、事実をおさえて思考停止せずに見るなら
どう考えても、死後の世界も、神仏の世界も、創造主の世界も否定できません。

そうであるにも関わらず、死後の世界も神なる存在も有るものかというのは、
思考停止も甚だしいし、愚かとしか言いようがない。

死後の世界

創造主の存在



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