FrontPage/2022-04-01
大切なものは、目に見えない
これは真実であり
目に見えないものの順番は次のようだ。
行いは、見えやすい
思いは、見えにくい
思想(世界観・宗教観)は、さらに見えにくい
この見えにくいものを見ようとすることが、動物性を超えて人間としての尊厳を手に入れる大切なことだろう。
両方向から言えることだが
結果主義になると「行い」(結果・表面)の所しか見ようとしなくなり、
それを支える「思い」や「世界観」などどうでもよくなる。
逆に「世界」観で、死後の世界や霊的世界を否定し、唯物論、無神論に取り込まれると道徳など問題外になり、「思い」に対するチェックなど関係なく、「行い」で結果だけを追求するようになる。
要するに目に見えないものを無視すると「道徳」とか「モラル」などが消えてしまうのだ。
それが、自然の摂理に反して、神の願いからも反しているので
この結果にこだわり過ぎる人々は、「思い」を蛇行させることになる。
心が苦しい為に思いが蛇行するのだ。
そして、道徳的であろうとするあまり、良識ある知識人でありたいという心理がリベラル傾向を強め、左翼的思想に引っ張っていかれる。
要するに、蛇行した現象が起きる。
そのような愚かさに陥らないためには、正しい世界観が不可欠なのだ。
真理を獲得せずに、死んだら終わりで、霊的世界など無ければ
神や仏、創造主など存在する訳も無い。
せめて、神仏を信じ、敬う気持ちだけは、無くさないで欲しいのだ。
この世界観が希薄になっているために、人々は表面ばかりを気にするようになる。
政治家は、自らの世界観、宗教観を明らかにすることが大切だ。
ここが明らかにされたなら、その政治家がどのような判断をするのかが想像できるからだ。
それが無い為に、政治家たちは綺麗ごとを言い、票を合法的なバラマキという賄賂で集めようとする。
そして、国民全体も自己中で結果主義の考えから財政赤字は増え続けることになる。
この方向に全体が向かうために、経済を成長させることは無く貧困化を招き、今まで先人が蓄積した様々な財産を食いつぶして信用を失い、円という通貨の価値も下げて、自国通貨建ての借金も出来なくなり、MMT論者たちの言う理屈も崩壊する。
それも仕方がないことなのだ、
あらゆる価値の根源には、神様からの信用がある。
結果ばかりにこだわっている人間たちからの信用など何になるだろう。
目先のアメにばかり目をやっている堕落した人達を引き付けることが出来たとしても、
人の中に在る神の子なる目をくらますことは出来ない。
「神の見えざる手」は、あらゆるところで働いているということを信じるべきだろう。