陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2021-06-19

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専門家とは、何かというと

専門家は、片目でしか見る事の出来ない愚か者になる可能性が有る


色んな専門家が居る
それはそれで貴重なのかもしれないが
全体として正しい判断が出来るとは限らない

正しい判断が出来るためには
それを立体的に観る事が出来るかどうかだ

立体的に観る為には、それらの多くの専門家たちの意見を
常に両視点で観ながら判断できるかどうかだ

コロナの問題が有る
政府が判断するにしても
疫病、感染症の専門家が居る
経済の専門家が居る
精神医学の専門家が居る
宗教の専門家も居る
社会福祉の専門家も居る
様々な専門家がいる

しかし、どうしても
コロナ禍の中では、医学的な専門家が前に出てしまう

考えてみれば分かることだが
片目で見ているとすれば
何でもそうだが蛇行してしまう
偏ってしまうのだ

それを政治家が判断するのだが
その判断基準があいまいだと蛇行に歯止めがかからない

政治家とは、本来、神に代わり判断し
より神近き判断が出来るように努力しなければならないのに
信仰心の無い者達は、自分が生きやすい判断に振れてしまう
自分の都合で判断してしまう

目先の結果、目先の評価ばかりを気にしてしまう

惰行し、間違った判断をしてしまう
その結果、何が待ち構えているのだろうか



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