陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2021-03-01

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政府の運転技術

人間も車も企業も、そして、政府も同じだろう
フラクタルなのだ

運転技術とは、大きく観ると
ハンドルとアクセルとブレーキ

そして、どのような場所で運転しているのかという場面状況の判断がある
当然、その背景には、意思の力がある


これが、フラクタルの森での考え方だ

全部を観ようとすれば宗教の世界の悟りとも深く関連してくる
世界観が違えば、全部が変わってくるので外すことは、本当は出来ないのだけれど
少なくとも運転でも中心となるハンドルとアクセルとブレーキ
ここをよく見ていく必要がある

何を目標としているのか
どうやってそこに至ろうとしているのか

 さらに、もっと表面的ではあるが、

アクセルとブレーキを間違えると事故が起きる
ここは、過ぎても足らなくても問題が起きる

どこにアクセルを踏み
どこでブレーキを踏もうとしているのか

このコロナ禍の中でウイルスの蔓延にブレーキをかけようとしているのだが
それと同時に経済活動にもブレーキをかけることになる
三密を避けるという方法ではどうしてもそのようになる

そもそも、消費税増税という経済に対するブレーキをかけていた中で
さらにブレーキをかけることになるのだから悲惨だ

政府の仕事自体には、国民のためになるようにと仕事をしているのだが
アクセルを踏みすぎても危ない
今の選挙制度の弊害もあるが、国民のためと言いながらアクセルを踏みすぎる傾向がある

国民を甘やかせ自助努力の精神を棄損して
結局、経済の地力を失わせることにもなる
大きな政府だ

アクセルを踏みすぎても
ブレーキを踏みすぎても良くないが
アクセルもブレーキも、それぞれが逆の作用をする事を考えて使う場合もある

危機回避のために使うアクセルとブレーキがあり
発展を願うために使うアクセルとブレーキがあるように
単純では無い事を知っておく必要もある

ブレーキとアクセル
陰陽ではあるが
それぞれの中に、また、陰陽があり、四つの世界があるようだ
単純では無いけれど、ここでの操作が未来を変えて行く

色んな状況の中で、このアクセルとブレーキという考え方を当てはめれば
どのように未来がなっていくのか見えてくるし
その使い方、使うタイミングも測れるだろう

「地獄への道は、善意で舗装されている」というような状況は
愚かだというしか無い
運転が下手なのだ

こんな事例は、いっぱい身近なところにある

これを図で示すなら
いつも使っている図にも関連して行く

アクセルとブレーキは、どのようにしての部分ではあるが
この行いの中にもフラクタルとして四つの象限があるようだ

ぼんやりとして未だ明確では無いけれど
どうやら、全体を流れている法則は、この陰陽学的な真理も含まれているのかもしれない

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