陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2020-06-16

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初孫

娘が里帰りして男の子が生まれた
孫が可愛いのは当たり前なのだろうが
なぜ、かわいいのか

昔を思い出すと
初めて子供が生まれ
子育てをしていると
「子を持って知る 親の恩」と言うことわざが思い出された


そして、信仰の世界で学び続けると
「子を持って知る 神の願い」という言葉が浮かんで来た

そして、時は進み
東京に残っている父親は
子供に会える日を首を長くして待っている

その親と子の関係を想うと
神と人間の関係がさらにイメージされてくる

私自身も
初めて子供を授かった時には
とても感慨深く不思議な感覚が有った

創造主が子供たちを産み出す時の感覚も似たものが
おそらく有るのだろう
どんな子に育つだろうかという期待
どんな子に育つのか分からないけれど
それらすべてを飲み込んで育てて行こうという決意

その存在自体のありがたさに意味が有るのかもしれない
他者の存在に愛を注ぎ込めることの意味
愛を与えることが出来る幸福

粘土で作品を作る時もいろんな思いがよぎる
より良きものとなれ
より素晴らしきものとなれ
窯にて焼き上げられるときに不都合なモノも生まれるけれど
この産み出し育むことの幸福は
何事にも代えがたいモノが有るのだろう

また、山に手を入れ整備しながら植物たちを観ていると
それぞれが、それぞれの個性で勝手に生きようとしているのだが
雑草として処理される草にも意味が有り
自と他と全体の視点で見ると大調和の中にあることが分かる

画像の説明

その管理をしている自分と
他者である植物や動物、昆虫や微生物たち
そして、全体を観ている神なる視点で観ると
全てがつながり一本の線上に有ることも分かる

時に立場の違いで相争う事があっても
それを大きな目で見ている神なる視点がある事を
常に意識する必要があるようだ



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