陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2020-04-11

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宗教は、格好いい

宗教の復権が必要だということ
何ごとにも良い子悪い子普通の子がある

普通の宗教と言っても古い宗教だが
司祭にしても僧侶にしても牧師にしても同じ事だ

ただ、あの世の存在も神仏の存在も信じていないのに
宗教家をやっている人たちがあまりにも多い現実がある

これらも悪い宗教で詐欺行為に当たる
このようなことを考えても
悪い宗教と良い宗教の峻別は難しいのだろう


宗教と言えるためには
見えない世界の真実を最低限知っている必要がある

ただ、見えない世界であり
証明もできないために間違った世界観でも言いたい放題にもなる
邪教が人々のなかにウイルスの如く広がってしまいがちだ

しかし、単純な考え方をすれば良いと思う

あの世も在り、神仏もおられるならば
神の願われている理想というものがあるだろう
神の願いを忖度することができれば
その理想の姿、その世界を想像することもできる

ただ、邪教に洗脳されたり伝統宗教の呪縛にかかっている人たちは
神意の忖度では無く
自分自身の気持ちや都合の忖度で止まっている
そのためにアメとムチが効果的になり誤った世界観に騙されてしまうのだ

言いたいことからそれてしまいそうだが

要するに、神の理想を理想として生きていこうとする人は
格好悪いわけがないのだ
その神の理想とは何かというと
簡単に理解するためにはフラクタル的に見れば良い

親という概念で見る「

全人類の親の立場で見れば良いのだ
勿論、親にも良い子悪い子普通の子がいる
神と言える為には良い親以上の最高の親でもあるだろう

最高の親は、格好いい

その最高の親に見習って生きていくなら
当然、格好良い

今、地球神エルカンターレが下生して
全世界に教えを説かれ世界を理想的な姿に変えようとされている
新たな繁栄の時代をもたらそうと努力されている

その弟子たちは、私心から離れ神の理想実現の為に努力し頑張っている
その心の中の真実を観るならば
当然ながら、格好良く
感動無くその心の姿を見ることは難しい

最高に格好いいのだ



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