陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2019-07-11

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選択

選挙にしても何にしても判断し選択し行動が有る

画像の説明

好き嫌いであったり
利害であったり
自分にとっての都合の良し悪しであったりする


好きか嫌いかなどは、感情的な面で一番強く働くけれど
その感情を大きく左右するモノに利害が有る
その利害をコントロールされると一つの方向に簡単に引っ張って行かれる

その利害は、複雑に絡み合い単純に観る事は出来ない

その利害を計る時、その対象の価値を決めつける傾向がある
善悪を決めつけることで思考をしやすくしてくれるのだが
本当は、この善悪の判断が一番難しい

それは、何にでも共通する宿命があるからだ

昔、コントでもあったけれど
何にでも良い子・悪い子・普通の子が有る
良い政治家もいれば悪い政治家もいる
良い宗教もあれば悪い宗教もある
良い韓国人もいれば悪い韓国人もいる
良い日本人もいれば悪い日本人もいる
良いMMTも有れば悪いMMTもある

なにが良くて何が悪いのか
その善悪の判断が難しい

この善悪の正しい判断は、難しいのだが
その判断する主体をどこに置いているかによって違ってくる

今という時間、ここという空間、自分という主体
それが基本ではあるが
その時間と空間と主体が違うと、当然ながら判断にも違いが出てくる
その時所人の違いも現象世界と心象世界が有り両方が絡み合ってくる

良い自分と悪い自分と普通の自分とが有り
常に良い自分で判断しているわけではない

では、良い自分とは何か考える必要が有るだろう
悪い自分とは何か考える必要がある

それを客観的に観る事が出来る存在は、神
信仰心が無ければ正しく判断しているかどうかは難しい



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