陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

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川崎市の通り魔事件

二人の命が奪われ犯人も自殺したようだ

このような忌まわしい事件が時々起きている
昔、小学校に入り込んでまで児童を殺傷した事件もある
その動機が何であるのか、その原因を知りたいと思うけれど
明確になることも少ないようだ

被害者やその家族のショックを考えると
犯人に対する憤りは、抑えがたいモノがあるが
犯人の何に対してその怒りを向ければ良いのか考える必要がある

もちろん、その行為に対して非難されるべきではある
その行為に至った原因はいろいろあるのだろうが
ただ、フラクタルの森的に言えることがある

何事も
世界観が有り
思い行いで成り立っている
という事を考え
掘り下げていくと、その人の世界観が原因の奥にはある

画像の説明

私は、その世界観こそ様々な事件の根源にあると思う
真理ではない世界観を信じ込んでいることから来る害は大きなものがある


結局は、犯人の世界観の問題だが、
この犯人は、左側の死後の世界は無いとする世界観でしょう
死後の世界

この図で言えば、①の世界観のはずです
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この世界観を持っている人は、意外に多い

死後の世界が有るか無いかで質問すると「無い」という答えが半数以上帰ってくる
もちろん、無いを選んだ方がこのような蛮行に及ぶわけではなく
もちろん、それを信じる度合いにもよるけれど
この世界観の人が自暴自棄になるとあのような行動につながることは有るだろう

死後の世界、霊的世界が有り
死んでも全てが終わるわけではなく
責任を取らなければいけない世界が続くのであるならば
やりたい放題のことは出来にくくなる

まして、神なる存在が居て全てを見られているとすれば
恥ずかしくてやりたい放題のことは出来なくなる
それが、唯物論、無宗教、無神論の人の場合は違ってくるはずだ

と言っても
私の友人にも言われたことがあるが
死後の世界が有ろうが無かろうが
自分はそんなことはしない、するわけが無いと
自信をもって居る人もいる

彼の人生は順調であり、困った状況に落ち居たことも無いからだろうけれど
逆境の中にいて、思い通りになかなかいかず
気持ちが落ち込むような状況が続いたりするとやけになることも有るだろう

そんな時に、信仰心が有り、正しい世界観を持ってれば
あのような残虐な人の悲しみや苦しみを踏みにじるようなことは出来ないはずだ

ただ、イスラム教の一部では、コーランの教えを自分に都合よく解釈して
死後は楽園に帰れるというような暗示をかけ
自爆テロというような理不尽な行動に出る人たちもいるけれど
(彼らの神は、自分たちに都合に良いだけの神であり、地球神では無いのです。神を装った悪魔の可能性も有ります)
一般的な犯罪の奥にある世界観は、無宗教、無神論でしょう

しかし、そのような無宗教、無神論という世界観で国家をまとめている国もある
それは、中国と北朝鮮です

イスラム教のような一神教国家も暴走しがちですが
無宗教国家は、もっと暴走しやすいことになる
その国のリーダーは、自分たちが主たる神になります

それゆえに自分の正しさを客観的に見ることが出来ずに
間違っていることの認識が不可能になります
自分が神様ですから、当然ながら
自分にとって不都合なことは排除にかかってしまうでしょう

中国のウイグルの強制収容所で行われている蛮行も
北朝鮮の将軍様がやっているような蛮行も
彼らの持っている世界観からすれば、正しいのでしょう

話は飛んでしまうように見えますが
日本国内での消費税増税の問題でも
これを推進するような意見の方々は、専門家であればあるほど
色んな経済理論を知りながらその意見に固執される背景には
これと同じ世界観が背景にあるようです

要するに唯物論の世界観の人たちです
この人たちは、目に見えにくい所が見えにくい傾向が有ります
その為に人の苦しみが見えにくく
その原因の奥の原因も見えにくく
その結果どうなっていくかが見えにくいのです

要するに、今、ここに居る、自分の都合だけで考えがちで論評します
なまじ頭が良い人は、権威も有り立場もある場合は
その自分の正しさを上手に表現できるために
多くの人をうまく説得しけむに巻いたりできるために
社会の中心に立ちやすくなって世間を洗脳してしまいます
(竹中平蔵氏や大手メディアに出ているような御用学者たち)

結局は、世界観で間違ったものを自分の中に入れているために
当然ながら間違った思いも出てきます
世の為人の為に良かれと思っていたとしても
自分の利害と感情に左右され思いのハンドルの方向を間違えるのです

そして、当然ながら状況が正しく見えないために
行動も間違いがちになるでしょう
アクセルとブレーキの使い方がいい加減になってしまいます
(ブレーキの踏み間違いでの自動車事故多発と似ている)
その結果が、結局求めているはずの結果が出なくなるのです

経済成長という国家の目標が達成できず
国民を貧乏にして物価を安くし訪日観光客が増えるようにして
国民に感謝を求めるようなこともします

GDPを増やすことが出来ないばかりか
消費税増税で不況に陥れ自殺者を増やしているようです
今度の消費税増税では更なる不幸を広げてしまうでしょう

結局は、間違った世界観が背景にある狂った行動が原因に有ります
今回の通り魔事件と同じには出来ないですが
フラクタル的に見れば同じです

見て・思って・行動して・結果が出ているだけです

このような事件事故を防ごうと思うならば
正しい世界観、正しい信仰を多くの国民が持たない限り
防ぐことは不可能です



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