陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2019-02-09

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消費税増税と無神論・無宗教との共通性

消費税増税と無神論、無宗教とは関連性が有ると思う

消費税を増税して財政赤字を解消すべきという意見の人達と
死後の世界もなく神仏なる存在も無いなどという意見の人々とは
重なるのかもしれない

共通して言えることは
物事を深く考えない所だ


その理由を簡単に説明するのは難しいけれど
共に、カルト性が有ると言うことだ

カルトと言えば、カルト宗教をイメージするが
無宗教もカルトである
見えない世界が有るか無いかを証明出来ないのに
そんなモノは有るわけがないと断定するのがカルトで無くて何だろう

同じく
経済の問題でも同じ事だ
過去消費税増税で税収が増えたためしが無いのに
更に消費税増税で税収が増えて財政赤字が解消すると思いこんでいる

これをカルトと言わずになんと言えば良いのか

税金は、負担金という意味も有るだろうが
どちらかというと「ブレーキ」の意味合いが強い
消費税は、消費に対するブレーキであることに間違いはない

消費にブレーキをかけて景気を良くすることなど出来はしない
景気を良くすることが出来なくて税収など増えるわけが無いのだ

その簡単な理屈が分からなくなっているのはこの世の前提条件の見方が狂っているのだ

消費税増税をするべきだという
学者や政治家、財務官僚などに聞いてみたいけれど
おそらく、彼らは、本当の意味での信仰心は無いのだろう
葬式宗教はしているが
おそらく「私は、無宗教です」と言うのだろう

なぜなら、お金の価値を理解し経済を理解するためには信仰心が不可欠だからだ
もちろん、信仰の対象は、先祖でも無く、お金でも無く、名誉でも無く、自分自身でも無い

価値があると思われている
その価値を支えている判断がどこから来るのかと言えば
「信用」である
その信用を支えているのは人々では有るが
人々の思いの中の何がその信用を支えているのかと言うことだ
神仏の子供としての
素晴らしさを感じ取れる部分だ

全てのあらゆる価値を支えてくれているのは
信用であり、信用の最たる投影者は神仏なる存在だからだ

これが理解できないような人が
お金の問題や経済の問題、まして税制の問題に対して正しい判断が出来るわけが無いのだ



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