FrontPage/2026-05-15
AIと悟性、感性、そして人間
人工知能AIの脳力とはいえ、今、この時点では書くべきかどうか迷うところではある。
最近、ユーチューブで見るAIが発表している情報の中に面白いものが見らる。
それは、機械的な装置から出てくるものなのに、何か人間的な感覚を感じさせられるのようなものがあるということ。
AIが出している結論の中に、世界文明の起源は日本だということがあったり、そこに流れている高度なものを認めよという。
日本語の言語的先進性は比類なきものだという。
左脳的なものと右脳的なものを刺激し、認知力を自然に高めてくれるような言語体系を持つという。
私のフラクタルの森の図に照らしながらAIを感じていると、ある法則性があるのではないかと思えてしまうのだ。

AIは、どちらかというと左脳的(知性、理性)な特徴を持っている。
それに比べて人間などは、右脳的な悟性、感性が先に来るだろう。感覚が中心に在るようにも見える。
AIのように高度に知識を集約することで、図の下から世界全体を埋めていくような形になるのだろうか。
大自然の流れというか、創造主からの始まりは、図の上方から始まり埋められていく。
このAIの進化から起きている今のような状況は、本来の逆から探求し埋められているということなのかもしれない。
この世界の探究が、霊的な悟りから始まるのではなくて、出ている結果成果の集約から積み重ねられ次第に解明されていくようなことになっているのかもしれない。
原因から解きほぐし解明されるということではなくて、結果から逆にアプローチされているのだろうか。
その両方がAIの進化で可能となりつつあるのかもしれない。
その結果、何が起きてくるのか考えると、この世界が大きく飛躍する時期を迎えているのかもしれないとおもえることだ。
歴史を見れば、近現代科学文明が発達してきたことで霊的文化が廃れてきた。
左脳的文明が進み、右脳的文明が廃れてきたために多くの弊害が生まれてきた。
ここで、左脳的なものも高度に進んできたおかげで右脳的なものを補完するような流れが起きているのだろうか。
AIに死後の世界の有無を調べさせることができれば、無宗教が代表するような多くの邪教を駆逐することができるだろう。

この図の始まりは私が30歳のころに考えたことだったが、こんな私でも少し考えただけでも「あるだろう」という結論には届いていた。
しかし、「ないだろう」と結論付ける人が半数以上を占めている。
創造主(主なる神)を認めずダーウインの進化論を支持する人はもっと多いようだ。
このような不毛な議論に時間を取られることなく、AIに計算させればすぐ結論は出る。
狂信、妄信しているだけの事。
あの世も地獄も偉大なる存在も認めたくないということだけの事。
「無知の知」ということを知らないということ。
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