陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2024-05-01

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思想における長所と短所

思想、宗教には大きく分けて4種類ある

無宗教、一神教、多神教、至高神(万教帰一)
ここで注意しなければならないのが、無宗教も思想宗教の一種であるということ


それぞれに長所があり、短所がある
まず大きく分けると、無神論と有神論に分けられる
無神論の長所は何かというと、自分の考えを中心にできることで自由度が広がること
自分のやりたいこと、やるべきことが自分の中で決定できること
感覚的にも理性的にも迷うことは少なくて判断が迅速にできることだろう
利害的にも感覚的にも同じ傾向を持つもの同士では素早く調和を取り易い
短所は、自分の独断と偏見で決めることで他者との軋轢が増えることだ
これは、有神論でも同じだが、有神論では神の意志の忖度が必要であり、複雑になりがちで、その解釈の齟齬がブレーキや対立を生み出す
唯物論や無神論は、見えているものを中心に考え、自分の考えている正しさだけで考えられるので、ハッキリ言うなら簡単だ
ある意味、動物の持っている本能そのままで行動できる

唯心論で有神論の長所は、「なぜ」という問いかけが自分の中でも起きやすく、深く物事を考えられることだ
自分の認識を超えた神なる存在の価値観を学ぶことで、客観視が出来やすい
その反面、神の価値観を重視するあまり、その理解に偏りがあった場合、その価値観が強烈になることで、間違った方向であっても修正がしにくいことだ

何事でもそうだけれど、長所が有れば、その反面で短所がある

唯物論、無神論は、どちらかというと左脳的思考から生まれ、知性理性の面に出てくる
ある意味、左脳的にだけ勉強しすぎた人が陥りやすい傾向である

唯心論、有神論は、右脳的思考から生まれ、悟性感性として出てくる
ただ、ここは鍛えることが難しい
ここが充実していなければ、鍛えた知性理性の向かう方向がどこに向かうか分からない
おそらく、ここを鍛えるには経験が必要なのだろう
転生輪廻を含めた経験の積み重ねでできるのだと思う

唯物論、無神論では、「どのようにして」「どうしたい」が中心になり
唯心論、有神論では、「なにを」「なぜ」が中心となる
両方の考え方が大切なのだが、論理的、感化k的に考えてハッキリしてくることは、重要度は「なぜ」という問いかけだ

世界・思い・行い

「なぜ」を繰り返すと分からないという結論に至り易い
そこで信じるということが大切なのだが、これは、唯物論、無神論でも左脳的に学んだことを信じ込んでしまう傾向が強い
信じることは大切なのだが、同時に「なぜ」という問いかけが心の隅に必要である
ただ信じるという反面で「不信」ということも起きる
常に、何を信じるかという課題が目の前にあって、その信じた方向で人は人生を構築しているということ
その延長線には、天国も地獄もある
現象としても起きる事であり、唯心論的に見るならば、死後、心だけ(波動)の世界で住むようになれば、宗教の世界で言われている天国や煉獄や地獄に住むことにもなるのだろう

そんな世界など「無い」と信じることは可能だが、真実を消しあsることは出来ない以上、選択の責任は各人に在る



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