陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2023-01-19

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正しさについて

緊縮財政と積極財政
MMT論者からは、小さな政府と大きな政府という翻訳になっているのだろうか
もちろんその議論とは違うのだろうが、
今度の防衛増税の件では、その財源を国債の借金で賄うか、増税で賄うかという議論がある。


しかし、根本は同じだろう。
どちらとも、第三の視点が語られていない。

画像の説明

神仏の視点だ。
言い換えると第三の意見である。
現状を現状のまま、そのままにしての対策に終始する

言い換えるとすれば、財源はひねり出せば有るということ
今まででも、国民から多くの税金を集め、国民から国債で多額の借金を繰り返している。
予備費として残されてもいるのだろうが、その資金が、ことごとく使われてしまっている
結局、その使い方と集め方に問題が無いか考えればよいだけだろう

それが、第三の視点でもある
おそらく、集め方に問題が有って不足しているという意見の人は居ないだろう(税金に類するものは50%近くなっている)
不足している原因は、使い方の問題だ
多くの既得権益が集まって、蓄積され、削ることが不可能だと思われているのだろう
せっかく予算を獲得して、それなりの仕事をしている
要するに、個人レベルで考えるなら、反省の視点が無いということ同じのようだ
反省といっても、サルの反省のような表面的なものもある

選挙制度から憲法まで、制度疲労が起きている
それを改修することで問題解決できると思うけれど
それは、何か大きな事件でも起こらない限り無理なのかもしれない
大きいのは、既得権益の問題だ
多くの既得権益で、政府組織だけでなく色んな組織ががんじがらめになっている
要するに大きな政府、大きな地方自治体、大きく固い組織が出来上がっている
MMT論者のように、表面的なお金の額だけに振り回されていて、その中身、その質に言及できなければ、とても危うい

結局、言い方を変えれば、自我の問題のようだ
個人でも政府でも、自我が膨れ上がると雨雲が広がりすぎるように日の光が差さなくなる

地上の経済活動から集められている資金は水蒸気の様なもの
水蒸気を集め、雨を降らせたりする必要が有るが
それらが過ぎて、日照りや水害を起こしているようなものだろう

経済



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