陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2021-02-22

Top / FrontPage / 2021-02-22

この世の諸悪の原因は、霊的世界観の欠除

これは、この地球という磁場での修行課題でもあるようだ

どういうことかというと
この三次元世界では、肉体の眼で見えるものが中心となっているが
実は、もう一つ、イメージの眼といっていいのかもしれないが霊的な眼がある
記憶の眼とも言えるのかもしれないが
心で思うと過去の映像が見えたり、イメージを膨らませることで見えてくる映像がある

ある目的地を決めて、そこに至る道筋を描くこともできる

何かを作ろうとする時に脳裏に描く映像がある
粘土で器を作る時に、まず先にぼんやりとしたイメージがあり
それを具体化するための道筋が見えてくることで
ぼんやりしたイメージがよりハッキリしたものになって見えて来る

この肉の眼と心の眼が有る


この二つの眼があるのに
どうしても肉の眼に頼ってしまうのが、この地球上での問題だろう

それが顕著に現れているのが唯物論だ
この唯物論の悪い影響は様々なところに有る

唯物論は、肉の眼で見えていないものを、あくまでも架空のものとして見る
その存在を認めようとしない傾向性があるために
霊的な世界を見ようとしなくなる

本来、だれでも霊的なものは見えているのに
肉の眼で見たものに近い心の中の映像しか認めようとしない傾向性だ
それを科学的と認識するようだ

ただ、それであっては、自分の心の中で明確にイメージを構築できないものを認識できない
そのために神なる存在を認めることができなくて無神論となる

この誰でも持っている霊的な眼が明確に認識できるためには

どうやら、動物的な眼から離れる必要があるようなのだ

動物的な生存本能としての力を超えた力を獲得するために
この霊的な眼を明確に認識する必要がある
どうやら、魂の進化のためには、この霊的な眼をもっと認識するべきなようなのだ

この霊的な視野が現れているものに、自己実現の法則が有ったりする
イメージは、強く思えば実現する
繰り返し明確にイメージすることができれば実現する

粘土で器を作るのもおんなじ事で
ハッキリと形のイメージを決め
作り方のイメージもハッキリさせる事が出来れば既に存在している

その作り方が明確でなかったとしても
その器のイメージが明確であり
作り出そうという意思が強ければ、その作るための方法は後で見つけ出すことができる

この法則は、創造に関することだが、逆のものにも同じことが言える
マイナスのものにも向かうことができる

いま、コロナ禍で色んな問題が起きているが
これも、マスコミや政府自治体が煽っているために
多くの人々の中でイメージの世界から現実の世界に入り込んでいる

テレビの電源を切り
このニュースの暗示から離れるべきだという意見もある

恐怖心というイメージが現実化しているようで
感染する人は、自分の力で引き寄せている面もあるようだ

良きことを繰り返しイメージする必要があるのだが
何が良きことで、何が悪しきことなのか
これを理解するためには
霊的世界観を含めた仏法真理を学ばなければならない

間違ったイメージの仕方を学ぶと
それは、悪霊、悪魔のイメージの仕方を学ぶことになる
世界を正しく見ることができないとそういうことにもなる

そのために、昔からある学問は、宗教学で有った
宗教を蔑ろにする社会では
悪しき宗教が蔓延してしまうことにもなる

正しい宗教を求める事が重要だ



コメント


認証コード(7996)

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

備前焼