陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2021-02-14

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良心 と 悪心

心の中にあるもの
どのような人の心の中にもあるもの


でも、どれが良心でどれが悪心なのか分かりにくいものだ

心は、いつも
揺れ動きながら流れている
まるで川の流れのようだ

緩やかに流れているときも
激しく流れている時も
清らかな流れの時も
濁った流れの時もある

ふと、考える時がある
犯罪者であっても、悪人と言われる人であっても
その人の心の中には良心というものが有るだろう

良心とは、神仏の子供として生まれている以上心に埋め込まれているソフト
では、悪心とは、いったい何だろうか
おそらく、その良心が発揮される時と所と人が違っている状態なのかもしれない

誰であれ、人に良かれ、自分にも良かれと思って成している事が
使い方、使う場所、使う人の違いで
悪ともなる

だが、悪心のみでやっている存在もあるようだ
人に良かれと思う事なく
自分にだけ良かれと思って生きる存在もいるようだ

その存在は、良心の使い方を間違えている人々をうまく利用する



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