陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

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重要な悟り

人間として、一番重要で
これが無ければ、人間としての品格も何もあったもんじゃない
それほど重要な悟りが、これだ

「人は生き通しの命をいただいている」

私は、30歳のころに
ここまでは行っていなかったけれどその方向に認識が向いたことは幸運だった


画像の説明

この事を考えたのは、とても打算的なモノだった
今後の人生を生きるのにどのような姿勢で生きて行くのが得なのかという事だった

白紙の上に違う対立する意見を並べ
それぞれに先入観を持たないようにして
その意見の元になっている事実を並べて考えて見たのが元になっている

当時から、認識には何段かの整理箱があり
その整理箱の場所を考えずに適当に引っ張り出して使ってはいるが
良い子、悪い子、普通の子と有るように
いい加減な認識も有ればまともな認識も有る

それを3段階くらいにまとめようとして見つけたのが
現実・事実・真実
その先に真理という事が有るだろうと思った

30歳当時の認識は
現実の正解としては、? 分からないが正解だと思ったこと
事実を可能な限り集めると、あの世が無いとするには無理が有ること
そして、真実はと考える時に
逆にそれぞれが真実ならば、どのような社会が理想で有るのか考えて見たのだ
その理想像を見た時に
感情的にどうしても受け入れる事が出来ないものが「無い」という結論の中に有る

これだけでも、縦軸と横軸で考えただけでも
死後の世界、あの世が無いという事は有りえないという結論に至る

正直言って、この表に書いているように整理できたのずっと後の事だ
当時は、ぼんやりと思っただけだったが
幸福の科学で、仏法真理を学び
法友の中でも霊的な友人が出来て彼らの体験から学ぶ中で
確信するに至っている

①死んでも終わりでない事
 生き通しの命を生きている事

この重要な認識の他にもう一つ
大川隆法先生からの学びの中で最重要なモノが有る
それは「愛」の教えだ

②人は、愛の為に生きている

愛と思っている中で、「与える愛」と「奪う愛」と言うように
愛の中にも良い子、悪い子、普通の子が有るという事

「与える愛」
この愛の思いで宇宙が創造され
愛の思いで全ての全てが創られている事
私たちの魂にも、その愛の思いが込められ
その愛の思いを自己実現できることが最大の幸福であること
この愛の思いを具体化、実現できなければ不幸であること
この事が理解できなければ悟っているとは言えない

フラクタルの森でもいつも言っている事だが
人は、誰でも結果を求めている
生きている中で、一番の関心事は成果だろう
それは人々の評価であり賞賛であり
その評価の結果出て来る報酬である

人は、その魂の中に「お役に立ちたい」という基本ソフトがある
お役立ちの結果、評価や報酬を得る事が出来て
その結果も喜びにつながるけれど
その原点事態に喜びが有り
犯罪などで得る利益には、本来、喜びは無く、むなしいモノだ

報酬や評価など無くてもこの思いが純粋で
本当に悟っている者には、人々の評価や目の前の損得とは無関係だ
創造主の願いと同じものを共有することになる
神と一体になることの喜びは
神が実際に感じておられる幸福感と同じものがあるのだろう
イエスキリストにしろ吉田松陰にしろ
過去の偉人たちは、悟っておられたのだろう

ただ、多くの人々は、この陰の「与える愛」を無視して
陽の要素である「結果」ばかりを求める傾向が有るのだ
賞賛を求め、利益を求め、自己拡張のみを求める傾向だ

このようなことは、いたる所に有り
悟りとは無縁で有るばかりか、その対極に有るモノだ

中国共産党や北朝鮮の指導者たちは、まさに、この無明の中にある
そして、その者たちに同調する者たちが居るという事は
同じ穴のムジナたちであることの証明だ

かくいう私でも、その考えと完全に決別できているかと言えば難しい
結果に振り回され、評価を求め、目先の収入に目をくらまされる
悟れていないのだ

そんな私たちの悟りを促すために中国共産党の膨張も許されているようだ
彼らから学ぶべきことが有るという事
反面教師としての学びが期待されての事だろう

しかし、ある一定限度を超えるようだと
神なる存在達から警告が降りる
その警告に向き合わなければ、そのことが理解できるまで
更に警告が続く
その究極の先には、アトランティスやムー文明で起きたような大陸陥没で
全てをやり直さざるを得ないような事態まで起きるのだろう

ただ、今、大川隆法という名で
全人類の親でもある救世主が、この地上に存在され
生の声で教えを説かれている
その子供たちが効く耳を持つことが無ければ
救世主として、創造主として
どのような対処をされるのか

粘土で器を作ってるモノの視点で言えば
使い物にならない器であっても
何とか活かして使おうとするけれど
そんな作品ばかりが出て来るようなら
その窯もその工房も存在意義を失くし
解体するしかなくなってくる

ふつう、そんな事態まで行くものでは無いけれど
根本的な所を替えない限り有り得る事態だ

人として、絶対に忘れてはいけない悟りとは

①死んでも終わりでない事
 生き通しの命を生きている事
②人は、愛の為に生きている
 お役に立ちたいと思って生きている事



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