陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

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一週間ぶりの森

小倉での展示会で久しぶりに帰ってくると
芝グリが落ち始めていた


この小倉での展示会は、人気が高く出店を受け付けてもらえなかったのが
今回は、出展者が少なくなっていたようで出すことが出来た

コロナ禍でお客も少なくて売り上げも期待できていなかったのが
他の出展者に聞くと意外な結果だったという

抑圧された気持ちが久しぶりに解放されて購買意欲が高くなっていたのかもしれないが
今後はどうなるのか分からないという意見が多く
新参者のうちも来年も出ようと思える結果だった

余分な話だが
機会が有れば出展者などに聞いてみる事がある

画像の説明

答えがほとんどの人が左側に寄っているのだ
言葉としては、判らない  ?  で止まっている

こんなことを聞いていると
どうしても浮かび上がってしまう

しかし、聞かずにはおれない
私は、右側の ◎ だ

ふと思った、私は何で ◎ で死後の世界を肯定しているのか
この図の基本になることを考えたのは30歳のころ
40年も前だ

幸福の科学は芽も出ていなかったころ
羽振りの良かった時期で、今後の人生設計をするためには
自分に与えられている時間を考える必要が有ると思い考えたことだ

宗教は大嫌いな頃だが
超能力には関心が有り自己催眠や透視力とか念力の訓練をしていた

トランプの透視で全部完璧に当てた後に聞こえて来たこと
「そのような凄さばかりに目を向けず 素晴らしさを観るべきだ」
今思えば霊的な体験だったのだが
降りて来た啓示を
ただ、自分が思っただけの事と考えていた

他にも小さなころ、憑依されて夢遊病者のような行動を通ったことも有る
その現象を10歳離れている兄もはっきり覚えている
当時の遊び場がお墓だった

今考えて、
幸福の科学に出会う前の霊的な体験としてはっきり覚えているのはこの二つだ

しかし、この経験は大きかったようだ
見えない世界に何かが有る

この図のように白紙の上に二つの意見を並べて考えると
正解は、確かに ? わからないだが
知っている事実だけを集めても
無いとは言えない

△ の、おそらく有るだろうという結論だった

それでも、霊的な人生観で生きて来れなくて
その場に流されて生きて来た

しかし、せめて右側に傾いているだけで救いは有る
死後、もしそのような世界が有ったとすれば
救いの道は有る

幽霊話が有るが
その出演者は、左側に傾いた人たちだろう
認める事が出来ない世界に移動することは不可能

この世にとどまり
家族に取りついて
家族を守っているような気分で
家族を不幸にしていく

中途半端な霊能者は、憑いている家族を見て勘違いをする



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