陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2020-05-12

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お金を考える

「お金は、信用を背景にした道具」

画像の説明

三橋貴明氏と財務官僚たちのお金に対する考え方には
そううつ病の如き蛇行が有る

財務官僚はうつ病的で
三橋貴明氏などのMMT論者は、そう病的だ


その蛇行の原因は、両目で観ていないことだ

別の図で説明する
画像の説明

三橋貴明氏たちは、お金とは「債務と債権の記録」であるという
政府の債務は、貸している国民の債権で有る以上
インフレ率を限度に考えておればいくらでもお金を造り出すことが出来るという
政府の支出は、国民の収入になるのだから
財政出動を渋るということは大問題だという
確かにそうなのだろうが
この視点は、道具として、ハウツーとしての認識でしかない

そして、財務官僚とか緊縮財政を訴える側も
お金を単なる道具として目に見える形でしか認識していないために
借金を重ね過ぎると
借金の利払いが重なって膨大になって不安になるようだ

確かに借金の利払いで税収のほとんどを使ってしまうようなら
常に税収不足を起こして借金を繰り返すしかない
その先に国家破綻と言う映像を見てしまうためだろう

そこで、観なければならないのは
「信用」の所だ

この信用を浅くしか見ていないから蛇行現象を起こしている
「信用」を担保してくれる存在は、投資家だけではない
神からの信用がある

要するに世界観が無宗教の人たちの陥っている蛇行現象なのだ

結論を言うなら
神からの信用を失わなければ
どれだけ借金を重ねても問題は、全く無い

MMT論者の問題は、無神論者、唯物論者が多いせいなのだろう
れいわ新選組の山本太郎氏などの政策を観ていると国民にとっては好都合な事ばかりだ
砂糖菓子ばかりを与えられていては不健康になるしかない

だが、神は、人々の魂が劣化していくことを許されないだろう

その逆に、人々の魂が向上し
その社会経済、その社会構造が神の眼から見て賞賛を浴びるようなら
その経済活動は活発になり相対的に借金は減っていく方向になる

緊縮財政派は、経済成長を願うことなく
自分たちの権益や利得の視点でばかり見るせいで結果としても成長させることが出来ないでいる

三橋氏の発言でアダムスミスの「神の見えざる手」を批判していたが
双方ともに世界観が狂っているために起きていることのようだ

神意、天意を考えることが無ければ
経済活動の中にも自然と天罰、神罰と思えるような現象が起きる

それを越えると疫病や飢饉、様々な天災が起きて
反省を促すような現象が起きてくる
それでも反省が出来なければ、人間に万物の霊長としての立場は取り消される



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