陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

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神 と 経済

緊縮財政や経済を成長させない所への公的資金の投資などで世界中の経済が低迷している
そのせいなのか、世界のお金が利益を求めて危険な金融商品に流れ込んでいるという

デリバティブなど、色んな金融商品に組み込まれ利益を求めて膨れあがっているらしく
先のリーマンショックのような事が起きてもおかしくない状況のようだ
それ以上の危険な状況ではないかというのが経済専門家達の意見である

投資家達の読みも
近い将来、経済破綻が世界中を襲いそうだとして萎縮しているという
世界中の指導者達も
先を見越してか、金融緩和で経済を立て直そうとしていて
あの好調なアメリカですらトランプは、更なる金融緩和を求めている

そのように、世界の経済に信用が無くなっているのだ


その理由は、米中の貿易戦争が原因ではなく
トランプは、近未来における先見性からやっていることのようでもある

では、何故、そのように世界の経済活動に信用が無くなっているのか
素人の私に分かるすべは無いのだが

いつも挙げている次のような視点で見ると見えてくる

画像の説明

各国、各企業とも、それぞれに、自己中で判断し経営を行っている
本当ならば、当然、その中で考えなければならないのが
他者への配慮だ
社会への配慮であり国家への配慮であり世界への配慮だ

そして、それが神(地球神)から見られて
正しい判断と正しい行動なのか考えなければならない

ところが、今、世界中は
小さな自己、ちいさな器の中だけで考えている
フラクタルの森的に言えば、片目でしか見ていないのだ

「企業の目的は、利潤追求である」という右目で見る
結果至上主義が蔓延し、陰陽の両目で見られないために蛇行し
その反動で左翼的な思考を強めるような現状が有る

左目だけで見るようなリベラル思考、
左翼思想が広がり社会保障の充実や弱者救済だけをいう
良識有る知識人を気取りたい人達を造り出す

「企業の目的は、社会貢献に有り、その結果としての利潤の追求が有る」のであって
この陰陽両目で見なければ、第3の視野が生まれてこない
神仏から見て、どうなのかという視界が開けてこないのだ

画像の説明

神仏からの視野が見えてこなければ
その視点無く、政治や経済の舵取りして良い方向に導いていける訳はない

世界の政治経済を担っている多くの人々が
自分だけの都合で判断し行動している
片目で見ているのだ
国家としての利益よりも自分の利益が大事な人達が増えている
もちろん、神の願い、その心など忖度することは無い

自分の利益のみ、自分の満足のみ、自分たちの都合のみ

この判断で、世界が素晴らしくなっていくわけは無い
神からの信用は、すでに失われている
失われた信用を取り戻すためには
一人一人が
本当の信仰心を思い起こし
本当の意味での宗教を取り戻し
本物の宗教政党を求めるようにならなければ

必ず、奈落の底に落ちることになるだろう

いったん底に落ちて
そこから本当の意味で神を求める機運が戻らなければ
その奈落のフタは、そのまま閉じられるのかも知れない



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