陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2019-07-21

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自分の中の小さな自分

人が考えるのは自分という中で行われる
政治で国の向かう先も、その自分の集まりで決められる

しかし、その自分というモノは不思議なモノだ
その自分を大きくも小さくも出来る

その自分とは、何者であるのか
その考える主体をどこに置いて考えるのか

時に他人の悲しみ苦しみに寄り添い涙し考えることもある
時には、自分のことで精一杯になり他者の事など考えれなくなる時も有る

政治を考える時もそのように揺れながら考える
自分と他者、この両視点で考えることはたやすいけれど
基本は、どうしても自分のことが中心であるだろう


自分を越えてより大きく広く考える時に
他者の事を考えるにしても
どうしても自分に近い人の事しか考えにくい

そして、より大きな最大に大きな自分になるには段階が有る
家庭レベルで考えるのか
地域レベルで考えるのか
国レベルで考えるのか
世界レベル、地球レベルで考えるのか
そして、宇宙レベルで考えるのか
創造主レベルで考えるのか
イメージの中に有る自分というモノは、様々だ

しかし、どうしても、今、生きている自分
小さな小さな自分を主体として考えるのだ

しかし、基本がそうであるけれど
時折、より大きな自分の中で考えようとする
自分というモノの主体が、大きくなったり小さくなったりしながら
揺れ動きながら考えているのが実体なのだろう

ただ、この形が、そううつ病の如く揺れ動く傾向が有るのだ
小さな自分もより小さくなっていると
その反動で、その大きな自分もより小さな自分が投影されることでゆがむことが有る

より小さな自分で考える傾向が強いと
大きな自分で考える傾向は、リベラル傾向を持ち
左翼的な優しさを中心にしてしまうのだ
中間レベルでの自分というものが消えてしまい
自分の描いた理想が暴走してしまい
小さな自分に極端に優しくし
全体への視点も強く甘やかす傾向を持ってしまう

今回の選挙の結果がもうすぐ出るだろうが
今までは、そのように大きく蛇行した人達の票は共産党に集まる傾向が有ったけれど
さすがに、中国共産党の横暴を知ると人の心は離れていくだろう
おそらく、共産党の票はれいわ新撰組に流れるのかも知れない

おそらく、増税問題で政権与党は票を減らすだろう
それにしても、結果を予想するのは難しい

しかし、この選挙結果によっては
日本の向かう先を予想することが出来る

その結果を観て、神はどのように観られ判断されるのか
おそらく、その反応はこれからの我々の環境に反映されるのだろう

天の親なる存在から観てどうであるのか
自分の中の大きな自分
人の心の中の神仏の子である自分を浮かび上がらすことが出来れば
予測する事が出来るだろう

より多くの人が信仰心を持ち
自分の中の神性を拝み出すことが出来れば
天に有る父母なる存在も安心して見られるはずなのだが



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