陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2019-04-26

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全体と部分 

窯から作品が出るのは1日(水)です高速焼成の良否は如何に?


イージスアショアの山口での問題や
沖縄の米軍基地の問題
ゴミ処理施設の設置問題
火葬場施設の問題
原発の問題
様々な問題が有り
その地方、その場所での反対運動などが常につきまといますが
その課題にどう向き合っていくのか
どう対処するべきなのか

このような問題には陰陽の考え方が必要です
二つの視点です

必ず二つの利害が生まれ
二つの感情が生まれます

画像の説明


それを一方からしか見なければ
簡単に反対運動は起きる
しかし、何らかの必要が有ってその場所に設置しようとされているのです

政治家も票の事を意識するのか住民に寄り添う形で意見を述べる傾向が有ります
日本のメディアも住民の意見を中心に報道します
もちろん、民主の感覚が大切なのですが
全体としての視点も必要ですし全体としての利害も考える必要があります

難しい問題を含みますが
簡単に考えられるのが比喩として人体に置き換えて考える方法です

人体も全体としての都合と
部分としての都合が有りますが
部分が全体を無視して動くようだと
それは、ガン細胞のようになるということです

逆に、全体が部分を無視して動きすぎても
全体の存続を危ういモノにしてしまいます
地域を切り捨てていては全体が成り立たなくなります

しかし、ガンになった部分は切除するという判断も有ります
現代の医療では、早期に発見して切除する方法が主流でしょうが
切除する前に、その他にも方法が有るはずです

人体では毎日5000個ほどのガン細胞の元が出来て居るとも聞きます
それをNK細胞ですか、免疫細胞が処理してくれているそうです
現代社会には、その免疫力が弱くなる傾向が有るようなのです

地方での反対意見が出た場合でも
反対意見に固執しているガン化しそうな人は一部です
その増殖を押さえる機能が弱くなっていると言うことにもなります

部分に限定して考えるなら
どのような意見にも正当性は有ります
しかし、そればかりにこだわりすぎていれば
全体を危うくしてしまいます

くどいですが、何事にも二つの視点が必要なのです

神、地球神の視点で日本の事も考える必要が有るのですが
ガン患者が多くなっている背景には
この全体の視点からはみ出している部分
間違った正しさの主張が増えていることでも有るでしょう

基本は、信仰に有ります
民主は大切ですが
信仰が無ければ
民主主義も愚かな制度になりかねません
現代社会で免疫力が弱っている背景には本当の意味での信仰心が失われていて
その信仰心という免疫細胞が動きにくくなっているからなのでしょう

これらの意見は、
人間とは神仏の子であり
我々人間も神の体の一部なのだという世界観
私の中に有っての考え方です
人間だけでなく全存在が神仏の一部であるという考え方です

画像の説明

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