陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2018-10-08

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結果主義とは、「愛」の不在

下の図の右側を見て欲しい
5W2Hを幸福の科学の教えの
「愛・知・反省・発展」の四正道に置き換えてみると結果主義の本質が明白になる

画像の説明
これは、主なる神が我々人間に願われている内容だ


「発展」    様々なテーマが有りその発展が願われている
「愛」     そのためには愛という概念が不可欠だということ
「知」     そのために知識(真理)が必要であり具体化してみる必要がある
「反省」    その結果出てきた結果を検証し反省し修正する必要が有る
        その結果、その課題において進歩向上を目指して欲しい

5W2HのWHYの部分
この「なぜ」の所には、思い・動機・設計図・目的などを意味するモノが入るのだが
突き詰めて考えていくと、ここには、愛に関するモノが不可欠だと言うことだ

この宇宙自体が神の愛の思いによって創られている事とも関連するようだ

どのような存在も愛の具体化された姿でしかなく
人間が創り出している物にも突き詰めれば「愛」の願いが含まれている

しかし、この愛を込めることを忘れ
自らが得ることのみを考えてしまいがちな事も多々有る

お為ごかしで表面を繕うこともある
そのような仕事で本物の成果を出すことは出来ないのだ
それが結果主義である

財政の問題は、財務省の仕事、政府の仕事でも有ろうが
財政赤字だから修正する必要が有るとして
消費税増税などを画策しているのだろうが
そこに国民への愛の思いがどれだけあるだろうか

将来の社会福祉の為には税制規律を正していかなければならないとして 国民の将来の為としてお為ごかしに言ってはいるが
正しく見て正しく判断しているとは思えないのだ

国民側にもその判断を支持している背景に愛の思いが有るだろうか
自分の将来が安心安寧を確保できるのなら良いだろうと思っているフシが有る
そのような思いにつけ込んで目先の増税による税収増という結果を得ようとする
政府も官僚も学者も、みんな自己愛で固まってしまい正しい判断が出来なくなっているようだ

その原因は、この「愛・知・反省・発展」の中心に在る「正しき心の探究」が無いためだ
正しき心の探究とは、神の眼から見た正しさだ
全人類を我が子と見ておられるような存在を意識して
神の思いを忖度すれば見えてくるのだが

この基本となる「信仰心」が狂ってきているせいだろう
信仰とは言えないようなモノがはびこっている
神格を持たないようなモノにも手を合わせている
   



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