陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2018-10-05

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自分とは何か?(ガン細胞の統御)

どのようなことにも、現実には色んな意見がある
そして、それぞれに程度には差が有るが自分の考えが正当だと考えている
みんな自分を主体として考え、その正しさをフィルターとしてあらゆる事を認識する

そこで一番の問題は、「自分」に対する認識の違いだ
「自分」という言葉の中に意味がいっぱいある


幸福の科学で教わっているのは
「自他は別個に有らず一体なり 共に仏子の兄弟なり」ということだ
神の子、仏の子であり、一つの運命共同体以上に密接な関係だと言うこと

わたしは、フラクタル的に考える
神仏を一人の人間、人体をとみた場合
私達個人個人はどこかの細胞の一つであると見る
日本人が腕の細胞の一つ一つで有るとすれば
地球の裏側に住んでいる人達は足の筋肉の細胞かもしれない
また、骨の細胞かもしれない

そして、何万光年離れた惑星に住む人達も同じような違いでしかないと見ている

「人をのろわば 穴ふたつ」ということわざも有る
人を呪いその人の不幸を求める思いは自分の近くの細胞を殺すことに成るということ
当然、自分にも害が及ぶことを意味する

ガン細胞も同じ事だろう
全体の調和を考えなければいけないのに
自分の増殖だけを考え暴走することでその組織を破壊する事になり
全体を破滅させることになる

ガン細胞は、「自分」という主体を考える時に
本当に、自分だけのことしか考えていないのだ

自分を他者と一体と考え、全体と一体として考える方向に向かうならば修まることだ

「自分」という存在は、神仏の子供であり
神仏と同じ性質を持っている
これはどんな人にも同じく在る

神仏を信じていない唯物論者の中にも当然ながら神仏の子としての素晴らしさがある
彼らは、神仏を信じていないにもかかわらず自分の中にある素晴らしさを認識している
元々、神性、仏性というモノが組み込まれている以上当たり前の事なのだが
神仏という客観視を忘れているが為に
自分自身を神のように錯覚する所が有る

結局は、全体から見れば、神仏から見れば
まるでガン細胞のようになっているということなのだ

ガン細胞予備軍はいっぱい居る
人体でも毎日数千個のガン細胞が出来ているという
其れが増殖しないような仕組みが体の中に有るが
その免疫細胞の働きをコントロールしているのが
人体で言えばその主体である個人個人の思いである

全宇宙を神の体とすれば
フラクタル的にその体は縮尺され
私達個人の人体と重なってくる

故に、神仏と同じ創造の力があるように
破壊の力も自分自身に及ぶことになる



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