陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2018-05-15

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人生も二択の連鎖で成り立っている

世界は、陰と陽の要素で成り立っているということが
古今東西、世界中の言い伝えの中に在る

このフラクタルの森の考え方は
この陰陽の考え方と
フラクタルというコンピューターで扱われる数学とで出来ているといっても良い

PCが2進法で動き
今話題のAIであっても元はこの2進法だ

私は、この現実の世界も2進法だと考えています


全てはオンオフ、2進法の支配の中に在る

確かに現実の選択の中には二択では無く三択も四択もある
仏教では一念三千というように
思いというのは様々な世界に通じている

そして、選択を具体化させる方法にも様々なやり方が在る

しかし、選択できるのは、その瞬間々々に一つであり
そのターゲットに対してはオンとオフである

その一つのターゲットをオフにすればそれ以外を選択しなければならない
それ以外の選択のどれにターゲットを絞るのか決めなければならないが
選択肢は、その中に在るデーターであり
その状況下でどのように見てどのように判断しどのように行動に移すのか
浮かんできたものから選択しオンにするかオフにするかである

結局、一つしか選べないのだ
その瞬間瞬間に高速に判断している事になる

釈迦が悟りを開いたという
八正道の考え方も
判断すべき様々な状況下でその判断、その選択が
神仏の心に照らして正しかったかどうかということを検証することです
見て    正見
思い    正思
行い    正語・正業・正命・正精進
結果    正念・正定
が出るわけですけれど
それを八つの項目に分けて検証して修正を掛けていくことで
悟り、要するに悟性の部分を構築し感性を磨いて行った中で
パーニャーパラミタという
無限の智恵を獲得されていきました

釈迦弟子達もその指導の元で悟りを深めていったのです

フラクタルの森では
それを簡単にして「深く考える」と「二つの視点」というキーワードにしています

深く考える」とは
釈迦仏教が難解な為に色んな宗教指導者達は簡単にするために
念仏や座禅という方法論に簡便化してきましたものを原点に戻す部分も必要だと思うのです

「二つの視点」とは、同じように簡単にした部分ですが
全ては二択が基本であると考える視点です

白紙の上の両サイドに二つのものを並べてみること
この並べてみるものは全部ですが
深く考える」と原点の原点から言いますと
全部の考えの背景、前提条件を考える必要があります

それは、時間と空間と人間です
簡単に言うなら
死後の世界が在るか無いか
神なる存在があるか無いか

基本、この二択は後のモノに大きく影響を与えることになります
もちろん後のモノが全て狂ってきたり正しかったりするわけではありませんがとても大きな影響を色んな所で与えます

この二択の真ん中に「分からない」という選択も在ります
保留すると言うことでしょうが
これも大切な視点です

間違った選択を信じ込んでしまうと
とても恐ろしい結果に結びついてしまうからです

自殺や殺人の問題でも
死後の世界もなく神の存在も無いならば
色んな状況下でその行為に対して選択から除外しにくくなってしまうからです

死後の世界も神の存在も
証明しきることは困難である以上、「無知の知」というように
知らないという認識で保留すべきでしょう

唯物論や無神論の信仰者になることのマイナスは
とても大きなものが有ります
自らの判断で自らも世界も消し去っても悪いという判断はしにくくなるからです

間違っても
「死後の世界も神も在るものか!」という選択をしてはダメです
「わからない?」です
白紙の上に二つを並べ考え続ければ
「おそらく在るだろう」という判断に行き着くからです

この原点の選択を間違えている人が
現代社会にはとても多くなっているようです

そこにブレーキをかけなければ
本当に世界は消えてしまいます



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