陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2017-12-03

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日馬富士問題における信仰心

色んな意見が交錯している
それぞれにもっともな意見に聞こえる

北朝鮮問題のような国際的な問題等でも
どのような事例でもそうだが
確かにそれぞれの意見に幾ばくかの正当性は有るだろう

しかし、感じる事が有る


それは、信仰心の問題である

それぞれの意見の正当性がどこを主体として語られているのかということ
色んな立場が有り
色んな利害が有る

聞いている人にも当然ある
知らず知らずの内に自分を主体として正否を判断している

やはり、ここには信仰心が不可欠だろう

画像の説明

3点測量することなく
自分の意見の正しさだけを主張するのはいかがなモノか

地球神、双方の事を我が子と観ているような存在からの判断だ
しかし、これは、確かに難しい

ただ、言えることは
唯物論、無神論の人で有るならば
この議論すら無意味だろう

左翼的思考、リベラル的な思考の人たちの論説には
当然ながら神仏の視点が無い

どれだけうまく説明が成されたとしても
彼らの意見を素直に聞くことは出来ない

図を見ればお解りになると思うが
立場の違いだけでなく
3つの意見が生まれることになる
昔、コントで有った「よい子・悪い子・普通の子」

共通の正しさ、間違った正しさ、自己の正しさ
本当に正しい判断、神仏の願いから離れた正しさ
そして、許容されるが押しつけるべきでない正しさ

神仏の願いが込められて
この宇宙が創られ
我々の魂が創られ
全生命体が創られている

そこに込められている願いを忖度し
正しさを求めていかない限り本物は見えてこないのではないだろうか

北朝鮮の問題でもアメリカの軍事行動は待った無しの状況まで来ている
北朝鮮では将軍様が主たる者であり、信仰心と言えるものでは無い
しかし、トランプ氏はプロテスタントでもあり
創造主たる主たる神のことが言葉の端々にも出ている
信仰心は篤いモノがあるようだ

軍事行動は、明らかに暴力の最たるものである
暴力や軍事行動を簡単に容認するべきではないが
北朝鮮の内部状況を知れば知るほど
これほどにひどい圧政は無いだろう
その圧政に苦しむ人々を救う必要もある

世界がここまで放置したことは、ある意味、地球神から観て罪に値するかもしれない
北朝鮮の国民は洗脳されカルト宗教どころでは無いことは、
ニュースなどで流れてくる北朝鮮人民の表情を観ればわかる
無宗教でアメとムチで調教されることの恐ろしさを知るべきなのだ
今、日本も違った形でその方向に向かいつつあるのかもしれない

この状況が、課題として神から試みられていることが推察できる
この問題集をうまく解くことが出来なければ
次には大御所である北朝鮮の兄貴分が控えている

問題の解き方を間違えると
おそらく、これは第3次世界大戦へと向かうだろう
当然ながら、地球滅亡の危機がひしひしと迫っていることになる

単純に事なかれ主義で
暴力反対、戦争反対で済む問題では無い



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