陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

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政治の意味

現在は、「政教分離」と言って 政治と宗教は分けるべきと思われていますが、
政治の元の言葉である「まつりごと」とは宗教のことであり本来分けるべきものではありません。神に代わって政治を行うという意味が有るのです。
過去に、一つの宗教が他宗を弾圧する歴史が有り、今も有ることで言われるだけです。

しかし、考えてみれば、宗教を持っていない人はいないのです

誰であれ、人間である以上、ある一定レベルの精神性を持っています
その精神性を背景にその人の世界観・人生観が有ります
その宗教観を背景に政治経済の様々な課題を判断しています

結局、いろんな政党が有りますが、それらの様々な意見の違いはどこからきているのかというと、この宗教観からきています。

誰であれ、宗教を持っていない人はいません
その中身は様々ですが大きく分けるなら4つが有るでしょう


「無宗教・一神教・多宗教・至高神」
①無宗教・・・目に見えない世界を認めない世界観
②一神教・・・ただ一つの主たるものに帰依する世界観
      (主なるものを何に置くかで多種ある。拝金・ご利益主義)
③多宗教・・・すべてに神なるものが宿るという世界観
④至高神・・・神なるものにも高低が有り
       ピラミッドのようになっているという世界観

共産党・社民党は、非常に分かり易いですが①の無宗教です
立憲民主党は、①と②でしょうか
希望の党・自民党は、①と②と③でしょうか
現実は混在し、本人に確認しても自分自身の宗教観を細かく語れる人は少ないでしょう

幸福実現党は、④です

幸福実現党は、幸福の科学を母体とした宗教政党です
政治は、まつりごとと言って本来信仰心と切っても切れないものです
政治には、理想が無ければなりません
希望の党というのも出来ましたが、希望の先には理想が無ければなりません
さて、どのような理想を掲げ希望を描き国民の支持を集め
国・民を治めようとしているのでしょうか

多くの既存の政党が目指している理想とは何でしょう
政権を奪いたいという理想でしょうか
自分たちだけの利得を考えているのではないですか

宗教を背景にしている政党も政権与党に入っていますが
さて、どのような理想を描いているのでしょう

一体何を主体として考えているのか
何を信仰しているのか、そこが問題です

無宗教の政治家たちは、主体として考えているのは「自分たち」でしょう
自分たちが正しいと思っていることを実現しようとしているはずです

政治に精神性なく、要するに宗教とか信仰とか言った精神性なく
政治を行うということは、もしかすると獣の政治となっているかもしれません
弱肉強食の世界、けだものたちの理想を実現しようとする政治となっているように見えます

神仏の理想を実現しようとするべきです
その神仏も、民族神でなく、小さな神様でなく
全人類をわが子の如く観ておられるような方です
地球神をイメージして、そのような神であればどう思われるだろうか?
そのことを忖度しながら考えるべきです

原発問題でも、主体を日本人だけに置けば暴走すれば危険な代物に頼らないでもいいではないかという考えも出てきます
しかし、全人類の親である地球神の視点で見るならば、今、地球の人口は膨れ上がっています
経済力も弱く、食料も不足し、それらも有って紛争が収まっていません
そのエネルギー革命の力を全人類のために役立ててほしいという願いの元にこのような科学技術が地上に降ろされているのではないでしょうか
そのような期待が日本にも託されているはずです
日本全体の経済力・国防力のためにも必要なものです

北朝鮮のミサイル問題でも
視点を変えれば、過去の日本と同じように見えます
自衛のために国防のために核武装が必要だと言っており
アメリカから様々な制裁を加えられ暴発寸前のように見えますが
地球神から見れば明白な違いが有ります

あの大東亜戦争には、
人種差別の元に植民地政策をとっていた西洋列強に対する抵抗が有りました
日本は負けて大きな犠牲を出しましたが
そのおかげで東南アジア諸国は独立できたのです
中国であっても西洋列強に分断支配されそうになりました
すぐそばに日本が有り、日本の防衛のためにも大陸に出て行かざるを得なかったという背景も有ります
日本の力が大陸に広がっていくのを嫌がった西洋列強の圧力があり
当時広がっていた共産党(無宗教)勢力の裏工作もあったようで
大陸で様々な紛争が相次ぎ大きな戦争へと流れていきました

人種差別をなくするということは、地球神の願いでもあったでしょう
それを日本は、実現させたのです

様々なことが有りますが、
政治経済を考えるときに
時折、主体を地球神に置いてみる必要があります

主体を、自分だけに置いて考えるなら
単なる動物レベルの精神性で考えている可能性が有ります
万物の霊長として神の代理として与えられている使命を果たすことなく
動物レベルの自我我欲のみで政治経済を考えるならば

「百獣のライオンはわが子を千尋の谷から突き落とす」という故事にも有るように
天変地異などで我々の存在を否定されることも有るでしょう

現状でのアメリカと北朝鮮の対立を神仏はどう観ておられているかと考えると
今に至るに、アメリカが核ミサイルを北朝鮮に打ち込んで壊滅作戦をとることに理解を示されるのではないだろうか

本当は、もっと早く、それほどのことをしなくてもすむ段階で
北朝鮮の体制を解消するべきだったのでしょう

もし、アメリカが軍事行動に移せず
北朝鮮の暴走を許したならば、どのようなことが周辺諸国に起きてくるか簡単に想像が出来ます
中国共産党の支配体制も同じことです
信仰心無く、宗教心なく
この地球がアメリカの衰退とともに
無宗教国家がこの地球を支配していくならば
地球レベルでの壊滅もやむ得ないと考えておられるかもしれません

おそらく、天変地異に頼らなくても
最終戦争で核ミサイルが世界中に飛び交い
自ら自滅して、この文明実験を終わらせてしまう事でしょう

人とは、本来、魂であり、転生輪廻しながら
様々なことを学び、魂を磨いている存在です
地球神は、人類がその方向を選ぶのならしかたがないと思われ
それも学びの一つとなると考えておられるのでしょう



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