陶玄郷

フラクタルの森で薪だけを使い備前焼を焼きながら迷走、瞑想している玄明のホームページ

FrontPage/2017-09-28

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夜中に火を止める

窯焚きが終わりました
今回は、ピークの温度を長時間維持して熟成をねらいましたが
それにしても、同程度の規模の窯にしては短時間で焼き上がります

その理由は何かと言えば、
火とか熱を陰陽の2面で見て活用できているところでしょう


太陽の光と暖かい空気に包まれることで私達の体が暖かさを感じます

薪窯で時間をかけて焼かなければならない理由は
火前の作品が割れてしまうからです
光は当たっているところばかりが熱くなります
空気は包み込んでくれます

私が作った窯は、この光と風がうまく役割分担してくれる所に有ります

作品全体が高温になって柔らかく割れにくくなるまで
強力な熱風を中心に温度を上げていくことが出来ます
1時間に100度も上げることが可能でこれが時間短縮の大きな原因です

さて、4日後に窯を開けますが
前回の一部が温度不足の反省をふまえて高温の状態を長く維持したことが
どのように作品に影響しているかということ

温度が低めだとおとなしい雰囲気で焼き上がり
後の仕上げも簡単だという面が有ります

温度が高めだと、灰のガラス化した所が多くなり
ヤスリなどで仕上げるのですが、これが、大変です
昔、最初に焚いた窯では、1200度を超えた状態を長時間続けた結果
入れていた藁が完全にガラス状態になり
ガラスの針に覆われたような作品も有りました

それはそれで面白いのですが仕上げが大変なのと
作品の生地もテカリが出たりして備前の特長が無くなったりもします

どのようなことも同じでしょうが
物事には、必ず個性があり、長所と短所が有ります
長所を生かし短所を補う必要が有ります

プラスの部分とマイナスの部分
アクセルの部分とブレーキの部分
うまくつきあっていかなければなりません

政治も同じで、一つの政策には、必ず両面が有ります
耳アタリの良い政策の反面には落とし穴が有ります
厳しい政策の反面には、未来への可能性を含んだモノも有ります
必ず両面が有るのです

それらを無視して、政権交代だけ、選挙に通るだけで
場当たり的にプラスの面やマイナスの面を言っていたら国家の未来を損ねてしまいます

では、何に気を付けなければならないのか
フラクタルの森で、5W2Hで考えるなら
「だれが」の所に当たります
主体をどこに置くかと言うこと

多くの場合が、この主体なる部分を
自分や自分たちに置いてしまうモノです
その自分や自分たちがいかなる存在であるのかと言うこと

どのような主体であれ個性を持っています
その個性は良いとしてもどのようなモノにも3面が有ります
「よい子・悪い子・普通の子」と言うように3面が有ります
そして、その対面には「何を」という客体である課題、テーマが有ります

その客体に主体が投影される訳ですが
その主体がどのようなモノであるかということがとても重要なのです

私で言うと「悪い玄明さん」が前面に出ていると
その判断で作れば、作品が売れさえすればいいやという事にもなりかねません

「良い玄明さん」、出来れば、神近き心で作品の個性を見て活かしていければ良いのですが

政治も同じで、主体を
全地球の人々の親である存在、神仏の意識に近い所で考えなければなりません

元々、政治、政(まつりごと)とは、神仏に代わって国、民を治め安んじていくと言うことです
「経済」の元の言葉である「経世済民」にも有るように、
神の代わりに世を治め国民を幸福にしていくこと

それが、政権を執ることはいいとしても
その主体が、「自分が」「自分たち我」となっているのが現状ではないでしょうか

「信仰心」が絶対に不可欠なのです
自分が、「悪い自分」のままで主たる神になってしまっている
そして、自分自身を騙すだけでなく、国民を知らず知らずの内に騙してまつりごとを行っている

経世済民が成り立つ根拠が有りません

政治家は、何を信じているのか公表すべきでしょう
その心の世界観を吐露すべきです
その宗教観を公表すべきです

そうすれば、「誰が」政治を行おうとしているのかが顕れてきます
「自分」で有りながら「全人類の親」としての視点が無ければ
知らず知らずに「けだものの政治」となってしまいます

その心の中身が、結局は仕事をするのです



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