FrontPage/2016-10-20
原発問題における世界観(宗教観)の影響
原発の再稼働の問題など意見が二つに分かれますが、その理由はどこに有るのでしょう
結局は、それを観ている人の悟性(世界観・宗教観)の違いに有るようです
もちろん、そのことで受けるであろう利害をどのように観ているかにも関わりますが
根本にある原因は、人(人間、主体)・時(時間)・所(空間)の見方の違いです
高さと長さと幅の違いといってもいいでしょう
縦、横、高さで現される立方体の大きさが影響しているのです
これが小さいと、今、ここに生きている、自分という視点から、なかなか離れることが出来ません
そうすると、原発が稼働していなくても何とか電力はまかなえているし
暴走すれば危険きわまりないものなど使わなくて良いだろうと言う考えも成り立ちます
しかし、この立方体(世界観)を大きくして考えると違った結論が見えてきます
今だけでなく、未来も考えなければなりません
自分さえよければ良いというような考え方も出来ません
世界は、まだ飢えている人たちも多くいます
厳しい環境で生活している人たちもたくさん居ます
エネルギーは、経済も支え、使い方で世界を救っていく力とも出来るのです
もちろん、原子力は使い方次第で全人類を簡単に滅ぼしてしまうことも出来ます
世界を救っていく方向を選ぶのか
世界を滅ぼす方向を選ぶのか
神仏より、この課題を突きつけられているのです
自分が原子力を使わなくても
世界中に核爆弾は配備され照準が向けられています
自分が持たなくても滅びの可能性は有ります
傍観者を決め込むのか
破滅への協力者となるのか
核エネルギーを人類の幸福と発展のために活かすことが出来るのか
これには、点数がおそらくつくでしょう
落第点は、とりたくないものです。
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